関東・甲信越・東北地方に「令和版帝国大学」を 高等教育に東西格差
上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
「上昌広と福島県浜通り便り」
【まとめ】
・理工系教育リードしてきた旧七帝大の分布は偏在。理工系人材育成に大きな格差。
・関東・甲信越・東北地方に「令和版帝国大学」を設置すればいい。
・「福島国際研究教育機構(F-REI)」を学部学生も受け入れる大学にすればいい。
地域力は人材力である。人材力を高めるには教育に力を入れねばならない。特に高等教育は重要だ。国内外のさまざまな勢力と競争し、新たな産業を創り上げていくのは、高等教育を受けた人たちだからだ。
我が国の高等教育、特に理系教育は国立大学が担ってきた。国立大学の中でも、旧七帝大の果たしてきた役割は大きい。
旧七帝大は偏在している。京都文化圏である京都・大阪・名古屋には3つの旧帝大が存在し、残りは九州、東京、仙台、北海道に一つずつだ。この結果、旧七帝大で学ぶ機会は、国内で大きな格差が生じている。本稿では、今春の受験データを用いて、格差を紹介し、福島の問題を議論したい。
まずは、旧七帝大を代表する東京大学と京都大学の都道府県別の合格者数を示す。18歳人口1万人あたりの数字で比較している。図1をご覧いただきたい。福島は9.7人で37位だ。年度により変動はあるが、例年このあたりの順位である。
▲図1
注目すべきは、下位10県のうち、長野、青森、新潟、北海道、福島の5つが東日本勢であることだ。一方、上位10県のうち7県が愛知以西だ。東京大学の合格者の分布は、図2のように関東から西にかけて多い。
▲図2
以上の事実は、東京大学は全国から学生が集まっていることを示す。ただ、もっとも多いのは関東地方で、合格者の59.3%を占める(表1)。この意味で、東京大学は「関東の地方大学」と言うこともできる。
▲表1
実は、東京大学の地元率は、九州大学(62.6%)、大阪大学(56.9%)と同レベルだ。京都大学は43.2%とやや低いが、同大学は名古屋を中心とした中部地方からの入学者も多い。中部地方を合計すれば59.9%と、同レベルになる。旧帝大といえども、三分の二は地元の学生が進学している。
東京大学の合格者分布で異様なのは、関東と接している東北地方の合格者の割合(2.9%)が低いことだ。九州(6.5%)、中四国(4.6%)にも及ばない。東北地方から東京大学への進学実績の低さは異様だ。
京都大学はどうだろうか。福島県の合格者数は2.1人で、47都道府県中で最下位だ(図3)。京都大学の合格者の分布は京都を中心に同心円をなす(図4)。東北地方と九州の一部などが「空白」だ。
▲図3
▲図4
東京大学・京都大学合格者数をまとめると図5のようになる。関東が東大志向、関西が京大志向で、兵庫、鹿児島、富山、岡山などの例外もあるが、それ以外の地域は、東大・京大の合格者数はほぼ比例する。沖縄と東北地方は、いずれも少ない。
▲図5
東北地方には東北大学がある。そこに進学する学生が多いからかもしれない。では、東北大学への進学実績はどうだろうか。福島の東北大学の18歳人口1万人あたりの合格者は83.5人で、全国で6番目に多い。ただ、上位は全て東北地方の県で、東北地方6県では最下位だ(表2)。福島は、東京大学、京都大学、東北大学のいずれにおいても、東北地方でもっとも進学実績が悪い。
▲表2
東北地方の合格者の分布は図6のようになる。東北地方と関東地方からの進学者が多い。
▲図6
ただ、関東地方の人口が多いので、合格者の実数では関東地方が39.8%で、東北地方(33.1%)よりも多い。地元出身者が過半数を占めないのが東北大学の特徴だ。
北海道大学も同じ状況だが、近畿地方出身者が多い(13.0%対4.4%)のが特徴だ。近江商人が松前、淡路島出身の豪商高田屋嘉兵衛が函館を開拓するなど、北前船以来の交流の影響が残っているのだろう。本稿では詳述しないが、北海道大学は北前船の航路であった日本海側からの合格者が多い。
話を東北大学に戻そう。同大学は、東北地方の優秀な高校生が目指す名門大学だ。ところが、関東圏の高等教育機関が不足しているため、関東圏の高校生が進学する。我が国の歴史的な経緯から、関東地方の高校生は甲信越や東北地方には進学するが、西日本への進学の敷居は高い。西日本の高校生は東京大学や北海道大学に進学するのに、逆は少ない。この結果、我が国の高等教育には大きな東西格差が生じる。
図7は人口1万人あたりの旧七帝大合格者数を示す。福島は102人で、全国で七番目に少なく、東北地方で最下位だ。トップの奈良県(465人)、愛知県(309人)、京都府(295人)の22〜35%に過ぎない。
▲図7
この状況が明治以来続いているのだから、地域力に差がつくのも当然だ。このような地域からはノーベル賞受賞者、トヨタ自動車、京セラ、任天堂などの企業が出ているのも、長年にわたる高等教育への投資が貢献しているのだろう。
表3は、旧七帝大の地方別合格者を示したものだ。もっとも多いのは、北海道大学を有する北海道(287人)で、近畿(241人)、中部(215人)と続く。もっとも少ない関東(148人)、東北(152人)とは1.4〜1.9倍の違いだ。
▲表3
日本が技術立国を目指すなら、理工系教育に投資しなければならない。我が国の理工系教育リードしてきたのは旧七帝大だ。その分布は偏在し、理工系人材育成において大きな格差が生じている。
どうすべきか。関東・甲信越・東北地方に「令和版帝国大学」を設置すればいい。私は、福島県浜通りの復興を促進するために設置される「福島国際研究教育機構(F-REI)」に注目している。現時点では、経産省が主導する研究機関の枠をでない。巨額の研究費があてがわれ、東北大や東京大学の研究者がアプローチしているようだ。私は、この機関は学部学生も受け入れる大学にすればいいと思う。福島の高校生が高等教育を受ける機関になるはずだ。
現時点で、このような声は地元にもない。政府もやる気はないだろう。省庁の縦割りとか、将来の人口減とかやらない理由を挙げるのは容易だ。ただ、高等研究機関を作って、それが地元の復興にどの程度役立つだろうか。東京や仙台から研究者がやってきて、任期が終われば帰るだけだ。それでは何のため研究所かわからない。もう少し、福島での人材育成を考えるべきだ。
トップ写真:イメージ ※本文とは関係ありません 出典:metamorworks/GettyImages
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この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長
1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。