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.国際  投稿日:2021/1/13

米議会襲撃でも人種の溝


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2021#2」

2021年1月11-17日

【まとめ】

・トランプ主義者が議会を襲撃。リベラル系はトランプ罷免へ躍起。

・20日の大統領就任式で何が起きるか。警備当局は「本気」で警戒。

・「襲撃したのが黒人だったら…」警備面での人種差別批判も。

遂に起きてしまったか!1月6日に過激陰謀論を信奉するトランプ主義者の群衆がワシントンの議会議事堂を襲撃、多くの死傷者が出た事件のことだ。米リベラル系メディアは「暴動」「クーデター」「テロ」と報じ、憲法修正25条の発動、議会による二度目の大統領弾劾、暴動扇動罪の適用などでトランプ氏を辞任に追い込もうと必死だ。

ちなみに、憲法修正25条は副大統領以下閣僚が大統領を馘にできる便利な規定で、第4節で「副大統領および行政各部の長官の過半数または連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が、上院の臨時議長および下院議長に対し、大統領がその職務上の権限と義務を遂行することができないという文書による申し立てを送付する時には、副大統領は直ちに大統領代理として、大統領職の権限と義務を遂行する」と規定する。

たしかケネディ大統領暗殺後に考えられ、1965年に採択され、67年には正式に憲法の一部となった憲法修正条項だ。それにしても、改正をかくも短期間でやってしまうのかい。必要とはいえ、たった数年で憲法が改正されるのだから、普通の法治国家が羨ましい。日本では、必要はあるのに、憲法改正はまだ一度もない。不思議だね。

それにしても、米国にとっては衝撃的な事件だ。日本ではピンと来ないかもしれないが、例えば、①日本で世論を二分する総選挙が行われ、②敗北候補者を信奉する極右武装集団が、③腐敗政治家と高級官僚からなる「影の政府の日本支配」なる陰謀論を信じ、④次期首相を決める首班指名選挙開催中の国会議事堂に、⑤暴力で乱入し多数の死傷者が出たら大騒ぎになるだろう。それほどの「衝撃」なのである。

今後は1月20日の大統領就任式の日に何が起きるかが気になるところだが、結論から言えば、今回のような事件が再び起きるとは思えない。今回は明らかに警備当局の判断ミスで、トランプ主義者の群衆の過激さを過小評価した結果だと思う。米国の警備陣は本気になったら本当に「怖い」。今は何も起きないことを祈ろう。

関連の米国内報道を見ていたら、あるアフリカ系米国人の識者が「議事堂内の警備当局は白人に甘いのではないか。黒人の群衆だったらこの程度では済まなかっただろう」などと警備面での人種差別を批判していた。確かに、白人のトランプ主義者は今回議事堂の警備陣が「簡単に発砲するとは思っていなかった」だろうと思う。

では今回の過激な群衆が全て黒人だったらどうだか。答えは簡単、黒人というか、アフリカ系米国人だったら、副大統領を狙うべく天下の国会議事堂に乱入するなんて、そもそも考えもしないだろう。なぜなら、そんなことをすれば、直ちに射殺されることを彼らは本能的に知っているからだ。やはり米国内の人種の溝はまだまだ深い。

〇アジア

中国が1月初めに入国を認めず、テドロス事務局長が失望を表明したWHO調査チームが14日に入国するという。いずれにせよ、今頃武漢に入っても何も残っていないだろうが、入国を認めただけマシということか。2002年のSARSの際筆者は北京に在勤していたが、あれから20年近くたっても中国は変わらないようだ。

〇欧州・ロシア

15-16日にドイツのキリスト教民主同盟(CDU)党大会がオンラインで開かれ、メルケル首相の後任が決まる穏健派のラシェット氏ならメルケル路線の継承、長年の政敵で保守派のメルツ氏なら路線変更の可能性もある。この選挙結果は恐らく今後10年のEUの行方を決めるだろう。今週最も要注意のイベントである。

▲写真 メルケル独首相(2017年9月28日) 出典:flickr; EU2017EE Estonian Presidency

〇中東

イランのハメネイ最高指導者が英米の新型コロナワクチンは「信頼できない」とツイッターに投稿し、同社はこのツイートを「規則違反」として削除したそうだ。ふーん、この程度で削除されるなら、中国政府のツイートも似たようなものではないか。この種の「私的」検閲をどこまで認められるのか、トランプ氏の例もあり、判断は難しいところだ。

〇南北アメリカ

共和党内でトランプと距離を置く動きが急速に進み、公然とトランプを批判する共和党議員も出て、「トランプ党」終焉も、との見方を朝日新聞が報じていた。現時点では希望的観測に近いが、トランプ氏も「過ぎたるは及ばざるがごとし」の意味を嚙み締めているかもしれない。いつかはその日が来るとは思うが、それが今かは確信がない。

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:2021年合衆国議会議事堂の襲撃(2021年1月6日) 出典:Wikimedia Commons; Tyler Merble




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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