大谷出場の球宴にテロ計画?
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・米MLBオールスター戦開催直前、近接ホテルで武器所持した男女逮捕。
・テロの疑いがある一方、武器や薬物取引だったとの見方も。
・それにしてもガードが甘すぎることから、動機の解明が待たれる。
仕事でニューヨークを離れて、コロラド州・デンバーで開催されたアメリカ大リーグの年に一度のお祭り「MLBオール・スター・ゲーム」の取材に行った。
言わずもがな、大リーグ史上初の「二刀流」出場となったロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平投手の撮影がメインである。
全球団のスター選手がファン投票などで選ばれ、出場するこの大会、今年で92回目を迎えたが、昨年2020年はパンデミックの影響で、開催どころか、大リーグの試合自体が行われておらず、中止となった。開幕は7月23日になってからであった。通常ならば4月に開始である。
1933年に始まったこの大会、開催されなかったのは終戦の年の1945年と2020年の2回のみで、今年はパンデミック明けということで、野球ファンのみならず、COVID-19の入場規制などがない大型のイベントの開催ということもあり、全米の注目を集めた。
球場を歩くと誰もマスクをしておらず、パンデミック以前の状態と全く同じかそれ以上の観客の多さに度肝を抜かれた。
今年の目玉はなんと言っても「オオタニ」である。日本で話題になっていることはもちろんだが、ここアメリカでも誇張なしに大谷は話題のトップだ。会場を訪れた人に話を聞いてみると、どのチームのファンであるかに関わらず、話題を大谷に振ると、大げさではなく、誰もが喜々として「オオタニ論」を語り始める。
▲スタジアム周辺の建物には出場選手のポスターや大会バナーなどが張り出されていた(撮影:筆者)
2日に渡って開催されたこの大会だが、その開催直前、日本ではあまり報道されなかった「事件」があった。瞬間的な出来事として人々の関心はすぐ遠のいたが、当初は、その事態の重大さに誰もが肝を冷やした。
オール・スター・ゲームは観客が5万人収容できる「クアーズ・フィールド」という球場で開催される。
大会開催の前の週に事件は起きた。
道路を隔てて球場に隣接する高級ホテルの一室から、アサルトライフルタイプの長い銃などが12丁、弾薬1000発以上、防弾チョッキなども発見されたのである。このホテルの最上階の客室のバルコニーからは、手前の倉庫を挟んで球場が見える。
事件はホテルの客室係が警察へ通報したことで発覚した。
武器の不法所持などの容疑で男3人、女1人が開催日の3日前に逮捕された。女の容疑者は名字から推測すると日系人の可能性がある。
当初の報道によれば、イベントの群衆に向けて、ラスベガスで起きた乱射(2017年にラスベガスでホテルの客室からホテル前の広場で行われたイベントに集まった群衆に向けて無差別に銃を乱射、58人が殺害、546人が負傷した事件)と同じ大量殺戮が企てられていた可能性もある、として、速報された。
現地で私が携帯を見ていて偶然このニュースを速報で知ったとき、私の撮影チームは、撮影現場の下見でまさかではあるが、そのホテルの近くをうろついていた。
仕事で楽しいはずのイベントの取材に仕事で行って、乱射で命を落とす事態になりかねなかったのでは?と、一同青ざめた。
事件が報じられたときは容疑者逮捕から2日経っていたが、現場周辺には何台かの装甲車があった。多くの自動小銃を持った警察のSWAT、州警察などもおり、武装したATF(司法省アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)の職員の姿もなどもあって、オールスターゲームの警備にしては、異様なほどの重装備で違和感はあったが、そういうことだったのかと、それで合点がいった。
▲球場内で警戒にあたる保安官チーム(撮影:筆者)
▲現場となった、容疑者たちが宿泊していた「Maven Hotel」最上階バルコニー付きの部屋からは球場が見える。球場までの距離は写真左方向に500メートルほど。昼間から夜にかけては多くの観光客で通りは賑わう(撮影:筆者)
▲オールスターゲーム出場選手のレッドカーペットが行われた通り。紫は開催地「コロラド・ロッキーズ」のチームカラー(撮影:筆者)
容疑者たちが宿泊していた部屋からは、実際に球場は見えないというが(地元テレビ局の報道)、容疑者の一人は、ホテルに対して、「今いる部屋から、球場が見えるバルコニーの部屋へ移りたい」と申し込んでいた。また容疑者の一人は自身のフェースブックに「大いに盛り上がろう (Go out in a big way)」と書き込んでもいる。
ここまでみると「容疑者たちがオールスターゲームに集まった群衆に向けて、無差別発砲を企てたが、通報によって事件を未然に防ぐことができた」という見方ができそうだが、そう断定するには不可解な点も多くあった。
部屋からは銃器弾薬の他に、1,100ドルあまりの小額紙幣の現金の束、合成麻薬エクスタシーの錠剤、ヘロイン、メタンフェタミンなどの麻薬なども「大量に」発見されたのである。
また、ネットでは「1000発という銃弾は多く感じるが、アサルトライフルを4人が連続して乱射したら、数分でおわってしまう数。大量殺戮を企てたにしては弾薬の数が少なすぎるし、1000発の弾薬に対して16丁という銃の多さも不可解」との指摘があった(実際、ラスベガスの事件では犯人は群衆に向けて、一人で1000発の銃弾を10分で撃てている)。
4人の容疑者は大会が開催された前日の日曜日と月曜日に裁判所にそれぞれ出廷した。
容疑者の一人は、審問の中で、他の3人に現地で会い、3人が銃器や麻薬類を大量に持っているのを見た、という。その上で「それらは麻薬などの取引に使うものだと思っていた。大量殺戮が計画されていると知っていたら、絶対に止めていた」と述べている。
4人の容疑者には武器の不法所持の他に、規制薬物の不法所持、販売目的での所持の容疑もかけられている。
以上のようなことから、実際にはテロが計画されていたのではなく、武器や薬物の違法取引が行われようとしていた事件なのではないかという見方が浮上している。
だがその見方にしても断定してしまうには判断材料に乏しい。
不審を持たれても仕方ない持ち物を、ホテルの客室係に見られてしまったり、オールスターゲームという大イベントでVIPなども宿泊する警戒が厳しい高級ホテルをあえて薬物などの取引現場の舞台としてとして選ぶなど、ガードがあまりに低く、不可解である。
デンバー市のハンコック市長は大会前日の日曜日、「この事件が何であるかを明確に述べることはまだ出来ない。だが人々に憶測はさせたくない」と述べている。
FBIは現場からみつかったものなどから、事件を「オールスターゲームに向けられた脅威に関連していると信じる理由はない」として、大会は予定通り開催された。
容疑者たちは19日に次の出廷が予定されている。
ワクチン接種が進んで社会が正常化するのは大いに歓迎だが、パンデミック以前のアメリカの「負の部分」まで正常化してしまわないよう、心から願いたい。
▲オールスター会場前に現れたトランプ支持者のグループ(撮影:筆者)
トップ写真:試合が行われたコロラド州・デンバーのCoors Field。「ホームラン・ダービー」の大谷の打席で満席5万人が総立ち、地元チームのヒーロー選手への声援かと思うくらいの歓声がスタジアムを支配する(撮影:筆者)