豪の新リーダーを「迎撃」する中国

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#23」
2022年6月6-12日
【まとめ】
・6月5日の豪哨戒機と中国戦闘機との「事件」について、メディアは原文の「迎撃」を「妨害」と訳して報じた。
・中国戦闘機は後方の豪哨戒機にチャフやフレアを放出する危険な行動を取った。これは「攻撃」に近い行為だ。
・豪新首相の意図を試した行動か。中国は、ブッシュ、オバマ、トランプ各大統領就任後にも同様事件を起こしている。
今週ご紹介する英語の蘊蓄はinterceptとinterfereの違いである。
世の中がウクライナでの戦況に一喜一憂する中、6月5日、豪州国防省は南シナ海公海上空で起きた中国空軍戦闘機との「事件」について声明を発表した。
このニュースは早速日本語でも報じられたが、その見出しは不思議なくらい各社で異なっていた。
●中国軍の戦闘機が妨害行為、オーストラリアとカナダの哨戒機に異常接近
●中国軍機が「危険行為」 オーストラリア
●中国軍機による異常接近、オーストラリアとカナダが指摘
●豪哨戒機、南シナ海で中国軍機から危険な妨害受ける、などなど・・・
どれも「間違い」とは言わないが、どうも豪州側発表とはニュアンスが違う。では豪国防省は何と言っているのか?英語の原文はこうだ。
Defence advises that on 26 May 2022, a RAAF P-8 maritime surveillance aircraft was intercepted by a Chinese J-16 fighter aircraft during a routine maritime surveillance activity in international airspace in the South China Sea region.
文字通り訳せば、「5月26日、豪空軍P8哨戒機が南シナ海の公海上空で通常の海洋哨戒活動を実施中、中国のJ16戦闘機に迎撃された」となる。軍事用語としてのインターセプトは「通信を傍受する」「敵機を迎撃する」ことであり、確か、航空自衛隊ではインターセプトを「要撃」(待ち伏せて攻撃すること)と訳しているはずだ。
ならば、正確な翻訳は「迎撃」だろう。それがなぜ「妨害」になるのか。ちなみに、和英辞書には、「妨害」とは
1 halter, cramp, strangle, hamper · 2 interrupt, disrupt · 3 hinder, handicap, hamper · 4 hinder, impede · 5 interpose, intervene, step in, interfere.とある。
されば、Interefereは「妨害」、interceptは「迎撃」であるはずだ。
この点についてしっかり訳しているメディアもある。さすがはWall Street Journal、その日本版【社説】では「中国がオーストラリア新首相「迎撃」、中国軍の戦闘機、南シナ海付近の豪軍哨戒機に対し危険行動」と極めて正確に訳している。保守系の英字紙だから、当然なのだろうが・・・。

▲写真 豪空軍哨戒機P-8 出典:豪空軍ホームページ
これに対し、ある外国通信社記事の日本語版は当初、「豪哨戒機、南シナ海で中国軍機から危険な迎撃受ける」としながら、その後ヘッドラインを「危険な妨害受ける」に変えたらしく、ご丁寧に (見出しと本文の「迎撃」を「妨害」に修正しました)とまで注釈を付けている。何か後ろめたいことでもあるのかねぇ、これ以上は言わないが・・・。
豪政府によれば、「中国戦闘機は哨戒機と並んで飛行した後、前方に移動し、追尾ミサイルを攪乱するチャフやフレアを放出し、哨戒機とその乗員に安全上の脅威となる危険な行動を取った」という。
確かにこれは「攻撃」に近い行為だ。これって「既視感」がある。2001年4月1日、南シナ海で中国軍機が米偵察機に衝突した事件だ。
結論から言えば、中国は再び潜在的敵対国の政権交代後、新リーダーをテストしたのだろう。件のWall Street Journal社説も「アンソニー・アルバニージー氏がオーストラリア首相に就任して1カ月足らずだが、中国はすでに同氏が前任者のように脅しに耐えられるかどうかを試しているようだ」と書いているので、間違いないと思う。

▲写真 アンソニー・アルバニージー豪新首相(2022年6月2日 豪・キャンベラ) 出典:Photo by Tracey Nearmy/Getty Images
2001年4月といえば、GWブッシュ米新大統領就任から3カ月弱、中国は新大統領の意図を試したのだろう。その後も、同様の事件をオバマ大統領就任後、トランプ大統領就任後にも起している。こんなことをやれば逆効果になることをなぜ人民解放軍の賢い軍人たちは理解できないのだろうか?
〇アジア
ウクライナ紛争の陰でといえば、韓国軍合同参謀本部は、米韓両軍が6日、北朝鮮が前日短距離弾道ミサイル8発を発射したのに対抗し、日本海に地対地ミサイル「ATACMS」8発を発射したと発表したそうだ。韓国も漸く正しい対応ができるようになったのかな。引き続きソウルの出方を見極めていくべきだ。
〇欧州・ロシア
ロシアがウクライナ東部での攻勢を強め、セベロドネツク近くの市街地を掌握しつつあるとする一方、ウクライナ側は近隣の2つの集落でロシア軍を撃退したと主張、両軍による一進一退が続いている。東部でのロシア優勢は変わらないが、セベロドネツクで苦戦するようでは、ロシアもそろそろ出口を模索する必要があるのだろう。
〇中東
ターリバーン暫定政権の命令に抵抗し、テレビ報道番組で顔を布で覆わず出演を続け降板させられた女性司会者が復帰したという。局側が番組直前に降板を撤回し再び顔を出したままニュースを伝えたそうだが、それでも髪は見せない「完全防備」型。他のイスラム諸国と比べても、まだまだ「保守的」だ。「タリバンと闘い続ける」そうだから、頑張ってほしい!
〇南北アメリカ
NYTを読んでいたら、最近の一連の米国共和党予備選挙で、トランプ氏推薦の候補が伸び悩んでいるという報道を目にした。本当なのかね。希望的観測だったら、大誤報になるのだが。こういう時に読みたいのが故中山俊宏・慶大教授の論考だったのに、彼はもういない。中山氏なら現状を如何に分析しただろうか、余りに惜しい。合掌。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:中国軍J-16(殲-16)戦闘機 出典:台湾国防部ホームページ
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

