日米豪比合同軍事演習、欧州とも連携 南シナ海で中国けん制へ
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・8月24日から実施された日米豪海軍合同軍事演習に比軍も参加。
・マルコス大統領、欧州各国との防衛関係強化を視野に入れている。
・国際的な包囲網で中国に圧力をかけることを念頭に置いている。
フィリピンの西方海上で8月24日から実施された日米豪海軍による合同軍事演習にフィリピン軍も参加、南シナ海での動きを強める中国に対して同盟国が一致協力して牽制することになった。
特にオーストラリアとフィリピンによる規模の大きな合同演習参加は初めてのケースとなり、オーストラリア政府の南シナ海でにおける安全保障への深い関心を裏付ける形となり、両国にとっては画期的な演習となった。
25日にフィリピン・ルソン島ザンバレスで合同演習を視察した後に会見したオーストラリアのリチャード・マールズ国防相は「南シナ海の安全保障は豪にとっても重要で今後も共同巡視活動などを通じて比側と協力していきたい」と意気込みを明らかにした。
今回の合同軍事演習には海上自衛隊から護衛艦「いずも」が参加した。
▲写真 日本と米国、フィリピンの沿岸警備隊との三国間海上演習(2023年6月6日、フィリピン西部バターン州の海岸沖)出典:Photo by Jes Aznar/Getty Images
★欧州との防衛関係強化へ 比大統領
こうした同盟国との関係強化に加えてマルコス大統領は欧州各国との防衛関係強化を視野に入れていることが明らかになった。
地元紙「インクワイアリ」が伝えたところによると、マルコス大統領は8月29日にジェームズ・スペンサー・クレバリー英外相とマニラのマラカニアン大統領宮殿で会談し、その際「安全保障と防衛に関して英国をはじめとする欧州と同盟とパートナシップの関係を模索する」との展望を明らかにしたという。
これに対しクレバリー外相は「英国は東南アジアに関心を持っているおり、二国間関係を最大限に活用したい」と前向きの見解を示した。
フィリピンは南シナ海での中国による一方的な海洋権益主張によって比排他的経済水域(EEZ)内で中国が不法な行動を続けているとして米など同盟国との軍事的協力を強化しており、こうした枠組みに英をはじめとする欧州との関係を強化することで対中国に対して国際的な包囲網で圧力をかけることを念頭にしているとされる。
★豪軍とさらなる軍事演習を予定
そうした中での今回の日米豪との共同軍事演習の実施だったが、フィリピン側軍当局者は今後オーストラリア軍との間でさらに規模を大きくした軍事演習の計画があることを明らかにした。
比軍当局者によると豪軍との合同演習は2025年に予定され、比豪軍双方から約2000人のあらゆる軍種の兵力が参加する見込みという。
演習ではフィリピン西側の沿岸を利用した水陸両用攻撃作戦を想定して行うとしており、南シナ海での中国の行動を想定した実戦に即したシナリオとなる可能性がある。
このようにマルコス政権は日米に加えて豪、英などの欧州との安全保障面での関係強化に積極的に取り組んでいる。
こうした動きに中国の反発は必至だが、国際海域である大半の南シナ海や比のEEZ内での海洋権益を断固として守るというマルコス大統領の強い意志が反映しているのは間違いない。
★南シナ海漁業解禁で中国に警告
中国は毎年5月1日から8月16日まで南シナ海での漁業を禁じる禁漁期間を設けているが、今年もそれが終わり南シナ海では多数の中国漁船が一斉に操業を開始している。
中国漁船が操業に際してこれまでも比領海や比EEZに不法に侵入する事例が報告されていることからフィリピン政府は「国際的なルールを遵守して操業するように」と中国当局に対して警告を発している。
さらにフィリピン外務省は「南シナ海での中国漁船による不法操業に対してフィリピンは法的措置を講じる用意がある」と強い姿勢を示している。
南シナ海を巡っては2014年に当時のベニグノ・アキノ大統領が中国により一方的に主張して自国の海洋権益が及ぶ範囲として宣言した「九段線」は不当だとオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所(PCA)に訴えを起こした。
PCAは審理の結果2016年に「九段線とその囲まれた海域に対する中国が主張してきた歴史的権利は国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」との判断を下した。しかし中国政府はこの判断を現在まで一切無視して国際社会を敵に回す結果となっている。
今年8月5日には比EEZ内南沙諸島のアユンギン礁にある座礁船に比海兵隊員を駐在させて実効支配を続けている地点への食糧、生活物資の補給任務が中国海警局船舶や民兵が乗り組んだ民兵船からの放水などの進路妨害で中止に追い込まれた。
その後22日に再度補給を試み、この時は補給を果たしたが、周辺海域には中国、フィリピン双方の海軍艦艇が待機し、米軍機が警戒のため上空から監視するという物々しい態勢での補給任務完遂だった。
中国側が米軍と対峙して軍事的緊張が高まることを警戒して補給任務の徹底的妨害を回避したとみられている。
フィリピン側は2020年以来445件の外交的抗議を中国側に提出しているがほとんど効果がない状況が続いており、今後も南シナ海を巡る中国とフィリピン、その同盟国による「つばぜり合い」は続く。
トップ写真:マニラの中国大使館前で抗議活動を行うフィリピン人デモ参加者 (2023年8月11日フィリピン・マニラ)出典:Photo by Jes Aznar/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。