中国艦艇、比沿岸警備艇にレーザー照射
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・中国海警局船舶がフィリピンの沿岸警備隊艦艇にレーザーを照射。
・比外務省は中国に対して抗議したが、中国側は自らの行動を正当化。
・南シナ海での緊張は一気に高まりで、国際社会も中国の強引で一方的、勝手な手法に対し警戒を強めている。
南シナ海のフィリピンが実効支配している排他的経済水域(EEZ)にあるアユンギン礁周辺海域で、中国の海警局船舶がフィリピンの沿岸警備隊艦艇にレーザーを照射する事案が発生し、比政府が中国に激しく抗議する事態となっている。
レーザー照射は2月6日にフィリピン南西部パラワン島沖にあるアユンギン礁周辺海域で同礁に座礁させ海兵隊員が常駐して「実効支配」を続けている「シェエラマド」艦に食料や日用品などの物資を補給するために航行していた比沿岸警備隊の艦艇「マラバスクア」に対して行われた。
レーザー照射は中国の海警局船舶「5205」から行われたもので、「マラバスクア」の艦橋にいた比沿岸警備隊員らが一時的に失明状態となったと沿岸警備隊は明らかにしている。
このレーザー照射事案は2月13日に沿岸警備隊が発表して明らかになり、比マスコミが一斉に大きく伝えた。
比沿岸警備隊艦艇「マラバスクア」に対する中国の「5205」からのレーザー照射は約7.4キロ離れた海上から受けたもので、沿岸警備隊がその際の映像を公開している。
それによると「5205」から軍事用とみられる緑色の光線が一直線に「マラバスクア」に照射される様子が生々しく捉えられている。
沿岸警備隊によると「5205」はこの後「マラバスクア」の右舷後方約130メートルまで接近して危険な操船で妨害行動を繰り返し、危険回避のため「マラバスクア」は進路変更を余儀なくされたとしている。
フィリピン外務省はレーザー照射が「軍事的攻撃」にも匹敵する重大な行為であるとして中国政府に厳しい抗議を突きつけた。
■中国は自国領海と主張
しかし中国外務省の王文斌報道官は2月13日の定例会見の席で「フィリピンは南シナ海での中国の海洋権益を尊重すべきである。今回の事案は比艦艇が中国の領海に侵入したことが原因である。現場での中国の対応は抑制的だった」と中国の立場を繰り返しながらフィリピンの非を指摘した。
事態を重視したマルコス大統領は14日に駐マニラ中国大使館の黄渓連大使をマラカニアン大統領官邸に召喚し、レーザー照射が「極めて重大で遺憾な行動である」とのメッセージを直接伝え抗議した。
大統領府によると、黄大使に対してマルコス大統領は「最近の比沿岸警備隊や比漁船に対する自国の海洋権益内で発生している中国による頻繁で集中的な行為に対して重大な関心がある」と伝えた。
これに対し在比中国大使館は、声明の中で「黄大使とマルコス大統領は互いに対話とコミュニケーションを通じて両国の海洋問題を的確に扱うとの観点から意見を交換した」と述べるに留まった。
中国はこれまでにも米軍機やオーストラリア軍用機に海上艦艇からレーザー照射を行ったことが報告されている。
いずれも艦艇に対して異常な低空飛行を行ったとか、危険を招く航路で飛行したなどとして謝罪は一切なく自らの行動を「正当化」している。
■比側は“武力行使”に匹敵と非難
フィリピン各紙は大学や海事の専門家の見解を一斉に伝えているが、その報道の全てが「レーザー照射は武力行使に近い挑戦的な行為である」として中国側の行為を非難し、その上でフィリピン政府に対して「こうした攻撃的な“武力行使”に関してはより断固とした対応が沿岸警備隊や海軍には求められる」と激しい論調となっている。
フィリピンと米国は比米相互防衛条約や防衛協力強化協定(EDCA)を締結しており、フィリピンが侵略や軍事攻撃を受けた場合には米が防衛協力をするという戦略的、軍事的パートナーとなっている。
こうしたことから「今回の中国によるレーザー照射は相互防衛条約を発動する要件になりうる事案である」という事態の深刻さを訴え、強硬な意見もでていることも報道されている。
中国は海警局船舶を動員し、南シナ海の大半を占める「九段線」という一方的に設定した海域を中国の海洋権益が及ぶ範囲としており、周辺国との間で領有権問題や漁業操業問題、海底資源開発問題などを惹起させている。
領有権問題は中国との間でマレーシア、ベトナム、ブルネイ、フィリピンが抱えており、海底の天然ガス油田、石油の開発、探索活動ではマレーシアやインドネシアが中国からの監視、妨害などを受けている。
米やカナダ上空で正体不明の気球が相次いで発見され空軍機によって撃墜される事案が続いているが、最初に米本土上空で発見された気球に関しては「気象観測用気球が誤って米上空に流れた」として少なくとも中国は自国の気球であることを認めている。
しかしそれに対して中国でも正体不明の気球が複数発見されているなどと対抗する姿勢を示すなど、中国はあらゆる外交問題で自国の非を認めることなく相手を攻撃して自己を正当化するのが通常の外交と化している。
今回の比沿岸警備隊艦艇へのレーザー照射も中国は同様のある意味では分かりやすい手法での対応をとっているものの、フィリピンの憤りはこれまで以上に激しさを増している。
明らかに中国に配慮や忖度して「口では厳しい姿勢を示しながらも実質的に何もしなかった」とされるドゥテルテ前大統領とは異なる姿勢のマルコス大統領だけに、今後南シナ海での緊張は一気に高まりそうな気配である。国際社会も中国の強引で一方的、勝手な手法に対して一層の警戒を強めている。
トップ写真:南シナ海での中国の活動に抗議するフィリピンの人々(2022年7月)出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。