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.社会  投稿日:2024/6/24

物理学の「2024年問題」タイムトラベル論争も時間の問題?その1


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

 【まとめ】

・物理学の世界では、「2024年は量子コンピューターの実用化に大きく前進する年となる」との予測が出ている。

量子もつれという現象を利用したのが量子コンピューターである。

・量子理論は物体と時計とが、量子もつれの関係にあるのだと考えた。

 

今、タイムトラベル論争が熱い!

……唐突になにを言い出すのか、と思われた向きもあろうが、物理学の方面では、

2024年は量子コンピューターの実用化に大きく前進する年となる

という予測とともに、時間とはなにか、タイムマシンは実現可能なのか、という古くて新しい命題に、なんらかの回答が示されるかも知れない、と期待をもって見守る人が増えてきているのだ。

どちらの命題も、量子がキーワードとなっている。

文部科学省の資料によると、量子とは粒子と波の性質を併せ持った、とても小さな物質やエネルギーの単位で、少し前までは物質の最小単位と考えられてきた原子や、その原子そのものを構成する電子、陽子、中性子など、さらには光を粒子と見た場合のニュートリノなども量子と定義される。

今年に入ってから、イタリアのフィレンツェ大学など複数の機関に籍を置く研究者たちが、時間とはなにか、という命題に対する、画期的な理論モデルを提唱し、各国の研究機関が検証を始めている。

それによると、時間とは物理的現象の基礎をなすものではなく、量子もつれが産み出した副産物なのでは、という可能性が示唆された。

量子には実は、非常に面白い性質があって、ふたつの量子はどんなに離れた場所にあっても、相互に影響を与えあっており、一方を乱すと、同時にもう一方も影響を受ける。この現象を量子もつれと呼ぶ。

アインシュタインの一般相対性理論(これについては、後述)によれば、時間とは宇宙の構造に組み込まれたもので、時空という物理的現実として認識される。そして、時間の流れとは速度や重力によって変化することから、時空を飛び越えるタイムスリップも理論的には実現可能だ。

これに対して量子理論は、時間とは可変的なものではなく、単に物体の外にある時計を通じてしか認識できないので、言い換えれば物体と時計とが、量子もつれの関係にあるのだと考えた。

イタリアの研究チームは、小さな磁石のシステムを「時計」、バネのように振動するシステムを「変化する物体」として、両者が量子もつれの関係にあるとのシミュレーションを行ったのだという。つまり現状は、机上で導き出された計算結果に過ぎないため、各国の研究機関が検証を急いでいる、というわけだ。

さらには英米の研究者たちが、時間はどうして過去から現在、そして未来へと、弓から放たれた矢のように一方向にしか進まないのかという、物理学上の未解決問題=世に言う「時間の矢」について、やはり量子もつれのなせる技ではないか、と開陳している。

量子もつれという現象自体は結構前から確認されており、これを利用したのが量子コンピューターである。

これはご存じの読者も多いことと思われるが、従来型(=既存)のコンピューターは、電圧を増減させることにより、0と1の組み合わせでもって、あらゆる演算を実行する。

したがってコンピューターの性能の向上は、もっぱら半導体技術の進歩によってもたらされてきた。

米国の宇宙船アポロ11号が初めての月着陸に成功したのは1969年のことだが、管制センターのコンピューター・ルームは、ちょっとした体育館ほどのスペースがあった。今では手軽に持ち歩けるノートパソコンでさえ、同等以上の能力を持っていると言われている。

とは言え、基本原理が前述のように0と1を用いた演算である限り、性能の向上も、いつかは限界を迎えざるを得ない。

この点、量子コンピューターは、煎じ詰めて言えば量子もつれによって「1と0が同時に存在する状態」で、なおかつ複数の演算を同時に行えるため、現在のスーパーコンピューターでさえ膨大な時間がかかるような計算を、ごく短時間で行うことが可能だと考えられたのである。

しかしながら、量子もつれの現象にはまた、外部からの干渉に対して非常に脆弱だという問題がある。言い換えれば、ちょっとした気温の変化でさえ、計算ミスの要因となり得るのである。

そこで、ミスを素早くし修正するシステムの開発が急がれたが、ここへ来て画期的な技術が相次いで提案されたことから、前述のように、2024年は量子コンピューターの開発史において、特筆される年になるのでは、などと言われているわけだ。

タイムトラベル論争についてはどうなのかと言うと、これまでは、そもそも時間とはなにか、という定義づけがいまひとつ明確にならないまま、過去や未来に移動することは果たして可能か、という議論を続けてきたきらいがあった。

当方「ド文系」ではあるのだが、果たして時空を越えることが可能なのか、可能であるとして、その場合、歴史や文化の連続性はどうなるのか……こうした議論は、本当に興味が尽きなかったので、その方面だけはずっとフォローし続けている。

その立場から、時間とは量子もつれの副産物、という議論は、ほとんど門外漢の私でありながらも、いささか首をかしげざるを得ない。

読者の中には欧米など、日本から見て地球の裏側にある国へと旅をして、現地で「時差ボケ」に悩まされた経験をお持ちの方も、きっとおられるだろう。

生物には「体内時計」というものがあり、人間を含めた昼行性の動物は、明るいうちに活動して夜になると眠るように、いわばプログラミングされているのである。このシステムには修正機能があって、個人差はあるが時差ボケも時間が経てば治るものだ。

時間というものが、物質と時計の「量子もつれ」の副産物に過ぎないのだとすると、体内時計は一体なにとどのようにもつれているのだろうか。

さらに言えば、体内時計をプログラミングした「親時計」は、どこにあるのか。

このテーマを掘り下げるには、まず、どうして人間はタイムトラベルなどということを思いつき、多くの人がその世界観に惹かれるのか、を見ておく必要があるだろう。

次回、実例を挙げて紹介させていただく。

(つづく)

トップ写真:「National Quantum in Madurodam」にて「Quantum Jungle」を体験するオランダのコンスタンティン王子。このコースは、一般市民や学生、企業などに量子技術の新たな可能性と課題を知ってもらうための取り組み。(2024年4月14日 オランダ・ハーグ)出典:Patrick van Katwijk/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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