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.国際  投稿日:2024/6/9

トランプ氏の有罪評決が不信を生む7つの理由


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・トランプ前大統領は5月30日、マンハッタン地区の地方裁判所で有罪評決を受けた。

・米メディアの調査では、トランプ氏の優位は有罪評決でも変わらなかった。

・背景には、この裁判のあまりに露骨な政治性、そして党派性がある。

 

アメリカのドナルド・トランプ前大統領は5月30日、ニューヨーク州マンハッタン地区の地方裁判所で有罪評決を受けた。2016年にかつて交流のあった女性に「口止め料」を払い、そのための資金の扱いの記載を改竄したなどとされる起訴に対して、12人の陪審員たちが全員、有罪の判定を下したという結果だった。

ところがこの醜聞とみえる展開に対して、大統領選挙に立っている候補者としてのトランプ氏への一般の支持は変わらないという結果が複数の世論調査で明示された。それどころか共和党層ではトランプ氏を支持し、この裁判を民主党側の不当な選挙妨害だとする動きが従来よりも顕著となった。この現象はいったいなぜなのか。

有罪評決が出た直後の6月冒頭の時期に実施されたABCテレビの全米世論調査では無党派層の52%が有罪評決のためにトランプ氏には投票しない、と答えるという結果が出た。ところが同じABCテレビの一連の世論調査では本番選挙で最も重視される無党派層のトランプ氏への不支持は評決前でも一貫して50%台だった。つまり有罪評決での変化がなかったことになる。

ロイター通信の評決後の世論調査では、共和党支持者の10%ほどがトランプ氏には投票しないと答えたという。ところが同じロイター通信の以前の一連の調査でも10%前後がトランプ不支持を表明してきた。これまた有罪評決が影響を起こさなかったわけだ。

ニューヨーク・タイムズの同様の評決後の調査によると、全米一般有権者の間ではトランプ氏支持が47%、バイデン現大統領への支持が46%という結果が出た。トランプ氏の優位が有罪評決でも変わらないという数字だった。ただし数週間前の同紙の調査ではトランプ氏の優位が3ポイントだったというから、その差は1ポイントへとわずかながら縮まったことになる。

その一方では共和党側の有力指導者の間ではこの評決に対して全員一致に近い糾弾が起きた。「民主党陣営は司法機関を利用し、トランプ氏の選挙活動を妨害している」という非難が圧倒的に強くなったのだ。

ではこの裁判がトランプ氏の一般の人気を落とさず、共和党側での支持を強くしている現象の理由はなんなのか。

結論を簡単にいえば、この裁判のあまりに露骨な政治性、そして党派性だといえよう。その主要な要素をまとめてみよう。

第一はこの裁判での起訴での無理な点が顕著であることだ。ニューヨーク州法では「口止め料」を払うことは違法ではない。その資金の流れを記載を曲げた文書改竄は微罪とされる。だがアルビン・ブラッグ検事の起訴状はその微罪の文書改竄によりトランプ氏が選挙不正という重罪を冒そうとした、とするだけで、その重罪の具体性や証拠を示していないのだ。

第二には裁判での起訴を進めたマンハッタン地区の地方検事ブラッグ氏が年来の民主党政治活動家であることだ。ブラッグ氏は検事就任前からトランプ氏糾弾の政治や訴訟の活動を何年も続け、いまの検事ポストへの選挙でも「トランプを必ず倒す」と公約していた。

▲写真 ニューヨーク市のシティ・ワイナリーで開催された40周年記念ハーレム・ステージ・ガラに出席するマンハッタン地区検事 アルヴィン・ブラッグ氏(左)と妻(隣)2024年6月3日 アメリカ・ニューヨーク 出典:John Lamparski/Getty Images

第三にこの裁判の裁判長を務めたフアン・マーチャン判事も年来の民主党支持者だと判明した。前回の2020年の大統領選ではマーチャン氏が民主党のバイデン陣営に少額とはいえ、3回にわたり政治献金をしていた記録が確認されたのだ。厳密にはこの政治志向だけでもこの裁判での判事の倫理基準に反するとされかねないのだが、そうはならなかった。

第四には、この起訴や評決の日程がトランプ氏の選挙活動への明白な妨害となっていることである。今回の評決の結果の罪状判決は7月11日となった。大統領選挙の指名を決める共和党全国大会の直前である。起訴もトランプ氏への出頭命令もすべて同氏の選挙活動の超多忙な時期を狙い打ちした日取りなのだ。他の時期での日取り設定はいくらでもできるのに、だった。

第五には、評決を決める陪審員が、圧倒的に民主党支持者ばかりのマンハッタン地区から選ばれたことである。実際の選定は任意だというが、そもそもこの地区での共和党支持者は超少数である。陪審員選抜にあたる裁判官がそもそも民主党支持であることも、結果として偏向となったといえる。

第六には、陪審員があっというまに34もの起訴罪状のすべてに対するトランプ氏の有罪を決めてしまったことである。評決を決めるにはまだ2週間以上の時間が与えられていた。それが40時間ほどで、結論を出したのだ。しかも34項目にわたる複雑な罪状での重罪が即時といえるほどのスピードで決められたのだ。

さらに最後の第七としては、この6月8日に報じられたニュースとして、陪審員のいとこと称する人物から有罪評決の結果がその実際の評決判明の前日にリークとなる発信があったことが判明した点だった。その発信人物はフェイスブックで評決前の5月29日に「評決はすべて有罪」という結果を親類の陪審員が聞いたとして、その情報を流した、というのだ。この発信の真偽については調査が始まったばかりだが、トランプ氏の弁護側はすでに評決全体の無効を主張している。

こうした諸点がアメリカ国民の広い層にこのトランプ氏糾弾の裁判への不信や疑惑を広げたといえるのだ。

トップ写真:マンハッタン刑事裁判所を出るトランプ氏(2024年5月30日アメリカ・ニューヨーク市)出典:Mark Peterson – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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