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.政治  投稿日:2024/6/9

「敵に手の内をさらさない」という防衛省、自衛隊の「敵」は国会と納税者か


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・秘密でもないものを防衛省・自衛隊は隠蔽。文民統制の根幹を侵蝕している。

・製造元が明らかにしている情報をも隠蔽するのは滑稽でしかない。

少なくとも同盟国の米国並みに納税者への情報公開、説明責任を果たすべきだ。

  「相手(敵)に手の内をさらさない」。

 

 この言葉は、防衛省・自衛隊の常套句である。防衛省や自衛隊は他国で常識的に公開している情報を「相手(敵)に手の内をさらさない」として公開を拒む事が多い。筆者も防衛大臣や幕僚長の会見でよく聞く言葉である。

 

 だが、その実態は防衛機密でもなんでもなく、知られると何かと追及されるのが嫌だ、面倒だから組織防衛のために秘匿しているに過ぎない。これは民主国家の「軍隊」として失格レベルで、むしろ中国や北朝鮮に近いメンタリティだ。

 

あるいは「地方人(民間人)は軍事を知る必要なし」と議会にすら情報を出さなかった旧帝国陸海軍と同じだ。議会や納税者は軍事費がどの用に使われているか知る術ながく、陸海軍は、自由に使える戦時特別会計をお手盛りで使い、それぞれの予算と組織を肥大していった。外部から監視されず、批判が一切ない組織が腐るのは世の常だ。散々に軍拡した挙げ句に先の戦争を始めて、作戦にしても、技術にしても稚拙で硬直した意思決定システムを正すことなく温存し続けて、敗北し最後は国土を焦土にした。

 防衛省、自衛隊では戦史教育をしていないのか。

最近も5月14日の国会の参院外交防衛委員会で国民民主党の榛葉賀津也幹事長が海上自衛隊の護衛艦「いずも」をドローン(無人機)で空撮したとする動画が中国の動画投稿サイトなどで拡散した問題を取り上げて質問した。だが防衛省は「情報収集、分析能力を明らかにすれば、対抗措置を取られる恐れがある」と回答を避けた。

 

榛葉氏は「防衛省は何かあると『手の内を明かすことになるから答弁できない』というが、本当(=有事)のときならいい。答弁しないためにその手法(を使う)ならやめてほしい。建設的な議論をしたいと思う」と改めて苦言を呈した。(参考記事:https://www.sankei.com/article/20240514-P4BGQ3ZXORETLNH2PTGGIC6N64/

 

これら防衛省が隠すことは、ほとんど防衛秘ではなく公開して何ら問題がないものだ。秘匿扱いする法的な根拠もない。むしろ公開することによって国会や納税者の防衛議論が深まる。それを組織防衛のために隠蔽しているに過ぎない。これでは地に足のついた防衛議論が行えるわけもない。

 

2020年ビッグサイトで行われた危機管理産業展で防衛省は「輸送防護車」を展示した。これはタレスオーストラリア社の製品、ブッシュマスター耐地雷装甲車である。海外の軍事見本市でタレスオーストラリア社は内部を公開しているが、防衛省はフロントガラスにも目張りをして内部を非公開としていた。因みに同社はブッシュマスターの更に新しいモデルも見本市では公開している。

(参照:東洋経済オンライン『日本人は防衛の隠蔽体質の深刻さをわかっていない』)

https://toyokeizai.net/articles/-/626775

 

製造元が明らかにしている情報を隠蔽しているのは滑稽でしかない。

2021年陸幕や当時の岸防衛大臣は会見で筆者の新たに導入された陸自の19155ミリ自走榴弾砲に対する質問に対して「搭載弾薬数などは手の内を晒すことになる」と言えないと回答した。だが155ミリ砲弾や装薬のサイズはNATO規格であり、どこの国でも同じだ。19式は他国の同様のトラック搭載型自走砲と同じで、これを外部に弾薬のキャニスターを搭載しているので、搭載弾薬量の推定は簡単可能だ。だから中国を含めてどこの国でも明らかにしている。そして後日、X(ツイッター)でまさに19式の携行弾数を推定した中国の投稿があった。

 

画像:新たに導入された陸自の19式155ミリ自走榴弾砲の砲弾数を推定するXの投稿。

https://x.com/someplaosint/status/1709045749638447289

 

この投稿では1個のキャニスターに5発砲弾が収納されており、それが3個搭載されているので15発だと分析している。対して解放軍の同様の自走砲、PCL-181は30発を携行していると指摘している。

 

このように簡単にわかることをあたかも軍事機密のように秘密にするのは幼稚としか言いようがない。だから防衛省や自衛隊では本来なにが秘密かわからなくなる。端的な例が南スーダン派遣時の陸自の日報隠蔽問題だ。2016年9月30日、ジャーナリストの布施祐仁氏が、自衛隊南スーダン派遣部隊が作成した日報について、防衛省に情報開示請求を行った。だが防衛省は布施氏に対し、「日報はすでに廃棄しており文書不存在につき不開示」と回答した。

 

後日、日報は破棄されていないことが判明し、稲田朋美防衛大臣、黒江哲郎防衛事務次官、岡部俊哉陸上幕僚長がいずれも引責辞任に追い込まれた。

(参照:東洋経済オンライン『記者クラブの防衛担当記者に軍事報道はできない』)

https://toyokeizai.net/articles/-/676170?page=3

日報は本来次の派遣などに備える大切な基礎的資料であり、廃棄することはありえない。だが普段から隠蔽することに慣れているので、「相手(敵)に手の内をさらさない」とばかりに無いことにして逃げ切れると思ったのだろう。このような何でも隠蔽する体質は諸外国の政府や軍隊に防衛省、自衛隊にインテリジェンス(情報)能力が低く、杜撰であると宣伝しているに等しいが、その自覚が欠如している。これは自分たちが何が重要かわからない馬鹿者だと周辺の仮想敵国に宣伝しているに等しい。

 

先述のようにこれは政治や納税者の軽視でもある。基礎となる情報が提示されなければ国会や納税者が具体的な議論ができるはずもない。これは文民統制の根幹を侵蝕していると言って良い。

 

例えば陸自の次期装甲車として採用されたAMV XP(以後AMV)だが防衛装備庁や陸上幕僚監部(陸幕)は主力となるAPC(装甲歩兵輸送車)以外の派生型をどれだけ作り、何年で生産を完了し、総予算はどの程度であるかを国会にすら知らせてない。それで予算が通るのだから政治が「軍隊」を管理しているとはいえない状態だ。以前筆者は国防に強い国会議員の勉強会で10式戦車の調達数が何両か、いつ調達が終わるのか訪ねたが、誰も答えられなかった。国会は防衛省、自衛隊の予算を精査しておらず、審議するふりだけしているのが現実だ。

 

写真:AMV防衛省提供

AMVにしてもどのような派生型をそれぞれ何輌が調達され、全部の派生型で何両調達するのか。その生産期間=戦力化には何年かかるのか、総額はいくらになるのか、更に生産初期に必要なライン構築やジグなどを揃える初度費はいくらかかるのかを明らかにした上でなければ、その調達計画が適正かどうかわからない。普通の民主国家はそうしている。こんなデタラメを行っている民主国家は存在しない。

 

 陸幕によれば AMV は人員輸送型(APC)、指揮通信型、施設支援型、兵站支援型、患者輸送型等の派生型車両を予定。人員輸送型は96装輪装甲車、指揮通信型は82式指揮通信車の後継車両、としているが、実はNBC偵察車の後継も予定されている。

 だが陸幕は各派生型の調達数や調達期間は公表していない。だが筆者の取材によれば合計約800輌が調達されるようだ。また調達期間は20年に及ぶ、これらの情報は防衛秘でもなんでもないが、陸幕や装備庁は秘密扱いにしている。

民主国家では軍隊の装備調達が適切かどうか判断するための材料として当然のごとく公開している情報だ。それを「相手(敵)に手の内をさらさない」と隠している。諸外国からみれば乾いた笑いしかでてこないだろう。

 

防衛省や自衛隊の「相手」=敵というのは国会と納税者のことではないか。

 

これまで陸自の装甲車輌調達は概ね30年程度かかっていたが、それから比べるとAMVの調達は短くはなっているが20年は長過ぎる。概ね他国の2~3倍は長い。これでは調達途中で旧式化してしまうし、その間に戦力化すべき部隊が本来必要とされる部隊数が揃わない。更に少数生産で調達期間が延びればその分調達単価も上昇する。新旧に種類の装備が長年混在すれば教育や兵站も二系統必要であり、その分人員も多く必要だし、それぞれの消耗部品なども別々に調達するので維持コストが高くなる。実戦での戦力見積もりも複雑になる。

 

本来国会ではこのような調達期間と調達単価についての議論があって然るべきだが、そのような議論はほとんどされていない。更に申せばメーカーであるフィンランドのパトリア社が20年先も生産を続けているかもわからない。防衛装備庁がその確約を取ったわけでもない。あまりに杜撰だ。

 

陸自はカール・グスタフ無反動砲M3を輸入して使用しているが、調達を決定したのは後継のM4の生産が決まってからだ。わざわざ旧式化が決定してから調達を始めたのだ。すでに生産修了が見えている段階で採用を決定して、いつまでに調達を完了するかも決めていなかった。しかもあろうことか途中で5年間も調達を停止していた。

 

メーカーのサーブ社が、M3の生産をやめたがっているのに無理に頼んで生産してもらっていた。この先もサーブが付き合ってくれる保証はない。よしんば作ってもらえても、自衛隊のためだけにラインを維持するならば、極めてコストが高くなり値段も高騰する。

 

写真:カール・グスタフ無反動砲M3(提供:陸上自衛隊)

 

また将来部品などの供給が止まることも予想される。この件を筆者は記事にし、防衛省内局も危惧して本年度のM3の調達がM4に切り替えられた。このような変化も外部からに指摘がなければ行われなかった。情報公開が必要だという実例である。

 

さらに問題は「初度費」である。「初度費」は本来先述のように生産開始にかかる初期の費用を手当するものだ。だが防衛省では途中での改良や不良の手直しなどで10年でも20年でも「初度費」を支払い続けることができる。

 

海自のP-1哨戒機は現在でも稼働率が3割程度しかない。主たる原因はエンジンと光学電子センサーの信頼性の低さだが、その解消のために延々と「初度費」が支払われている可能性が高い。この「初度費」も調達の不明瞭化の原因になっている。それでも以前防衛省は財務省に指摘されて、主要装備の初度費は毎年公開していたが、現在ではそれもされなくなっており、より不透明となっている。

 

対して米国ではF-35戦闘機の稼働率やミッション達成率を公開し稼働率の低さをGAO(会計検査院)や、議会の調査局が具体的な数字を公開して、分析を披露している。現段階ではミッション達成率は55パーセントあり、これは適切な手段を用いればF-35BとCは65パーセントまで、F-35Aは75パーセントまで向上させることが可能であると述べている。(参照:米国会計検査院 議会報告 / https://www.gao.gov/assets/gao-23-105341.pdf

 このように会計検査院、議会、その背後の納税者に情報が明らかになるからこそ、軍も真摯に改善に努めるのである。

更に海幕はこの稼働率の低いP-1をベースに電子戦機を開発する予定だ。この電子戦機は4機ほど調達が見込まれており、他の機体も検討した上でP-1が最適だと判断したという。確かに哨戒機と同じ機体であれば、訓練や整備も共用化できる。だが、ご案内のように稼働率はわずかに3割なので、有事に一機も飛べない可能性がある。

 しかも米海軍の哨戒機P-8は、ベストセラー旅客機である737をベースにしているのに対して、P-1は専用の機体とエンジンを採用しており、調達単価は民間機ベースの数倍、維持整備費用は一桁は高いだろう。この低稼働率と高コストを鑑みればP-1ベースに開発するメリットは低い。海幕が候補を検討したといってもはじめにPー1ありきで、やったフリでしかない。

 同様に空自もC-2輸送機ベースに2種類の電子戦機を開発しているが、これまた機体調達コストは民間機ベースの数倍、維持整備費は7倍以上であろう。有事に飛べない機体を税金を使って開発し、諸外国の同様の機体の何倍もの維持費を税金で払うのだ。

 

写真:P-1哨戒機(海上自衛隊提供

対して米空軍は電子戦機にベストセラービジネス機であるガルフストリームG550をベースに、EC-37Bを開発、採用している。例えば海空自で共通の民間機を選定して電子戦機を開発すれば調達および維持コストは劇的に下がったはずだ。還元すれば空海自の電子戦機は国産機体を使用することを目的に税金をドブに捨てているといってよい。

 このように防衛省や自衛隊が「相手(敵)に手の内をさらさない」と事実を隠蔽していればP-1のようにいつまでも稼働率が上がらない装備に、延々と税金を注ぎ込み、有事には低い稼働率で戦うことになるだろう。そのときになって国民は「騙されていた」と気がつくのだ。果たしてどちらが民主国家として健全で、有事に備えているといえようか。

装備調達は企業でいえば設備投資だ。例えば現在稼働している工場のリプレイスで新工場を建設するのに、その工場の建設がいつ終わっていつから稼働するのか、例えば競合他社は5年で稼働させているのに0年掛けて稼働させるのかもわからない。そして総予算も分からない。事実上計画はないのに役員会で予算が通り、株主が納得するだろうか。これが防衛ならば役員会は国会、株主は納税者である。

 

防衛省、自衛隊は強大な軍事力を持ち、巨額な予算を使う官庁である。しかも現在は5年間でそれまでの約2倍の防衛費を使うことになっている。そうであれば防衛費の使い道や、組織統制に関してより情報公開をおこない、透明性を確保して納税者に説明責任を果たすべきだ。少なくとも同盟国の米国並に行うべきだろう。

 

あたかも納税者を「敵」であるかのように情報と不都合な事実を隠蔽するのであればかつての帝国陸海軍と同じである。その陸海軍がどのように無軌道に組織を膨張させて予算を貪り、しまいには勝てる見込みのない戦争を始め、国土を焦土に化して敗北したことを防衛省や自衛隊関係者は知らないわけではあるまい。

 

トップ写真:防衛省正門

出典:Junko Kimura/Getty Images




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