人生100年時代~渋川智明のタイブレーク社会に直視線④ 「コメ本位主義への回帰、道険し」

渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)
渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」
【まとめ】
・コメの価格高騰が消費税減税論議の出発点
・小泉農相、随意契約備蓄米販売延長したが、新米の前渡し価格値上がり
・事実上のコメ減反から増産へ。コメ本位主義回帰への道筋
■コメ高、エンゲル係数アップでコメ増産支持
コメ価格の高騰は、物価高の象徴的課題として8%の食品消費税減税論議を巻き起こした。賃金のアップや手取り額を増やし、経済を活性化させれば、コメ高に対する不満、不信は吸収できる、との意見もある。そういう一面も否定はできないが、日本人の主食として、現役世代であっても食べ盛りの子どもがいる家庭、非正規労働者や、また特に退職者・年金生活の高齢者など所得の低い層ほどエンゲル係数が高く、少ない収入の中に占める割合は大きい。コメ価格は暮らし向きに直接影響を与える。大変重要な政治課題だと考えられる。
衆参選挙で大敗した石破首相は最近の各種世論調査で、「辞任すべき」との退陣論から、自民党内からも含めて「辞任する必要はない」が上回り、支持率が上がる傾向にある。中でも注目されるのは、事実上の減反を止めて、コメの増産に踏み切るとの主張にメディアの各種調査で6~8割の人が賛成している。「増産は必要ない」は2割を下回る。コメの品不足、高価格に対する関心がいかに高いか、調査結果が示している。
■農水官僚が「コメは足りている」は誤りだったと認める
農水官僚のトップ農水事務次官が自民党の関係会議で「コメは足りている」という認識は誤りで、「どうも、すみませんでした」と謝った。「コメは余っている。売るほどある」との失言で前農相が、更迭され、かつて自民党農林部課長の経歴を買われて、石破首相から抜擢された小泉進次郎農相も、令和の米騒動の混乱の一端は「間違いなく、農水省にもある」と認めた。
日本の官僚組織は、過ちや、行政ミスを認めず、謝らないことで知られる。政府委員として議員から追及されても国会答弁で、自らの誤謬性に触れず、弁明し、行政の一体的業務遂行にこだわる。事実上の減反農政について、関連付ける官僚もいようが、農水省が令和の米騒動について、主に次のような前提で、対応をした事情が絡んでいる。
~年々、コメの需要は減っているので生産量は足りているから、酷暑やインバウンドの需要増も、新米が出回れば落ち着く、との見通しで備蓄米の放出を遅らせてしまった。それがコメの不足と価格高騰を招いた~。
農林官僚にとどまらず、農林族と言われる議員、過去の農水大臣も「コメは足りている」と言い募った。さらに卸売りや小売業者が高値を見越してため込んで、目詰まりを起こしているなどと抗弁していたが、そのようなハッキリした事実が確認されていないとの見方が強い。コメ不足と価格の高騰を招いた「責」を帳消しには出来ないが、限られた範囲ながら、官僚のトップリーダーがこうもはっきりと認めた。ニュースやその他の識者・評論家でも、あまり取り上げられないが、異例のことには違いない。
「過ちは改むるに憚ることなかれ」。誤りを認めれば、さらに追い打ちをかけて責を問うだけでは、改善や改革に寄与しない、との証だろう。今後の貴重な教訓にはなろう。
■コメ価格の高止まり
昨年のお盆前ごろから、コメ5キロ4000円台超と2倍にハネ上がった平均価格の高騰は、小泉新農相の随意契約による連続的な政府備蓄米放出などで5キロ当たりの平均価格がやや下がり、3804円=税込み(8月25日、農水省発表)になったが、銘柄米は4268円、複数銘柄を混ぜたブレンド米は3169円で各価格前後を維持している。備蓄米は2000円前後だが、まだ契約した小売業者に渡っていないコメが3割近くある。これも問題になっている。スーパーの棚から消えていたおコメの袋は戻ってきた。「お一人様一袋」の張り紙は見られなくなったが、価格の高止まり、品不足は依然続いている。
■備蓄米販売期限を8月末までを延長
今、新米の時期になって、やはり猛暑や水不足、カメムシの繁殖などで品不足、需要増などでまたも値上がりして5キロ平均価格が4000円台に逆戻りか、それ以上の5000円台に上がりそうな見通しで、さらなる高止まりの兆候も出ている。このため小泉農相は小売業者と契約済みで、まだ手元に届いていない備蓄米について、販売期限を8月末までとしていたが、一か月程度延長することに踏み切った。
契約した32万トンのうちキャンセル分の4万トンを覗いた28万トンのうち3割の10万トンがまだ出荷、小売業者に届いていない。
2025年産の新米とも競合する。政府は平均価格を3500円前後の3000円台に抑えたいとの、意向がメッセージとして業界に伝わることを期待している。
すでに売り渡された政府備蓄米の3割もがなぜ市場に出回らなかったのか。もともと政府備蓄米は災害や様々な国家の急変時に、安全対策として取りおいて、緊急的に放出する性質のものであるはずだ。それが小売業者にまだ渡っておらず、市場に出回らずに滞ってしまった。滞った理由としてコメの保管倉庫は入荷や発送に際しての倉庫管理に手間取った。また備蓄米は安全上、品質管理が厳重で玄米からコメの精米、出荷に時間がかかったと釈明している。
備蓄米制度は歴史的な凶作で平成の米騒動と言われたのを境に1995年、から始まった。約100万トンを常備し、緊急時に備えるのが目的だが、今回、十分に対応できない問題点や課題が明らかになった。食糧安全保障上も、大問題である。
■早場米のJA前払い金が5~8割値上がり傾向も
早場米の出荷時期を迎え、JAは販売委託を受ける農家に前もって概算金(前払い金)を支払って、コメを仕入れるが、コメ不足や需要の高まりを予測して5~8割方価格が高くなっている。このままだと5キロ4,000~5,000円を超える、との見通しもある。JA取引とは別に小売業者と直接取引をするスポット市場があるが、スポット価格がアップし、JAの前渡し金も値上がりしている。コメ生産者にとっては収入が上がり、農業経営や生活の収入が増すが、長引くコメの値上がりでコメ離れを警戒する声も依然、根強い。
コメの増産にカジを切る、と表明した石破首相はどのようなシナリオを描けるのだろうか。道険しだが、増産を望む声が多い世論に具体的な道筋を示す必要がある。
写真)備蓄米放出後の米の販売の様子




























