人生100年時代~渋川智明のタイブレーク社会に直視線⑤ 「コメの増産にカジを切る農政の大転換」

渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)
渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」
【まとめ】
・石破首相は、コメ価格高騰を受けて事実上の減反政策を見直し、コメの増産方針へ大きく転換した。
・高齢化・後継者不足・耕作放棄地拡大など農業構造の課題を踏まえ、スマート農業や品種改良、所得補償策など包括的な改革が必要とされている。
・今後は国内供給の安定に加え、高品質なコメの輸出拡大や生産効率の改善を目指す「積極農政」へのシフトが課題となる。
■農政の大転換
石破首相が、コメの増産に踏み切る方針を明らかにした。政府の関係閣僚会議では、コメの価格が高騰した理由として「生産量が足りていると判断し、酷暑など天候異変に加えて、一般家庭の消費増やインバウンド需要増の観点が欠けていた。備蓄米放出のタイミングや方法が適切でなかった」などと説明した。コメの生産量が不足していたことを真摯に受け止め、コメの安定供給に向けた増産に踏み切るとの方針を表明した。
コメの増産については、直近の世論調査で多くの国民が支持をしている。小泉農相もコメ増産に同調した。「コメの生産農家は高齢化による後継者不足や長引く事実上の減反政策などでコメの生産量が年々、減少し、耕作放棄地も増えている。今、手を打たなければ手遅れになる。次の世代に安定的なコメの供給を引き継がなければならない」と。危機感をあらわにしている。
■コメ余り事実上の減反制度が今に続く
国は戦後の食糧増産の時期にすべてのコメを国が管理する「食糧管理制度」(食管制度)のもと、買い入れる生産体制を敷いてきた。しかし高度成長期に入り、食生活の洋風化などで、パン食や麺類が伸びて、コメの消費が減っていった。国の財政負担が膨らみ、コメ余りで価格も下がる悪循環へ。
1971年からコメの生産を減らして調整する「減反政策」を始めた。減反する面積を都道府県、市町村を通じて農家に割りふった。
コメを作らず大豆や飼料など他の作物への転作を奨励して補助金や奨励金を出した。しかし生産意欲のある比較的大規模な農家と、補助金に頼る兼業などの小規模農家間の対立や、生産意欲を失わせた末の耕作放棄地が増えている。2013年、国は減反を廃止する方針を決め、2018年から国による目標の配分は行われなくなったが、事実上の減反政策が続いていた。
■減反は大規模農家育成のビジョンに欠ける
国の強制的な減反政策に反対し自主農政を実施した岩手県旧東和町の町長に当時、インタビューした。町長は「零細農家は兼業が多い。中には補助金をもらって猟銃担いでキノコ採りに出かける人もいる。農地は荒れ放題。自立した大規模農家育成のビジョンに欠ける」と批判した。強制的な減反を止め、コメ作りは農家の自主性に任せることを主張したが、国や周囲の反対で結果的に押し切られた。
天候異変やインバウンドの需要増などとは時代背景や環境が違うが、今日の極端な農家の高齢化や後継者不足を見通したコメ不足に対する警告だったとも言える。慧眼だった、と言わざるを得ないだろう。
■辛うじて主食はコメ本位制
歴史的に江戸時代はコメの石高が経済活動の基礎になったコメ本位制度。凶作時は一揆や「コメよこせ」打ちこわしの引き金にもなった。大正時代も米騒動や、現代でも1993年の世界的な異常気象で東北地方の「やませ」による冷害凶作による被害が知られる。
食料自給率が38%と(㌍ベース)40%を切る中で、主食のコメだけは100%。おコメ離れが言われてきたが、パンの素地の小麦自給率は極端に低い。外国産米は人気がない。専門家などによると、減反などでコメの国内生産量はピーク時の半分以下になっているとの指摘もある。食糧安全保障上、主食については、辛うじてコメ本位制を保持できているのが現状だが、需給の変動に左右されやすい。これが歴史を振り返っての総括になろう。
■コメ減らしから増産への転換点
国は法律に基づいて過去30年間の1人あたりの消費量や人口などのデータから、最近は毎年、およそ10万トン減少すると見込んできた。現在に至るまで、一貫して主食用のコメ生産を減らしてきた。減らしたコメの代わりに飼料のコメや小麦などに転作を促し、補助金や転作奨励金を支出してきたことはすでに述べた。交付金の総額は毎年3000億円規模に上る。ところが「コメは足りている」との目算が狂い、令和の米騒動につながったことは、すでに明らかになっている。天候異変や害虫の繁殖、熱波に弱い高級品種の不足など原因は色々上げられるが、農林水産省も「コメが足りている」との認識は誤りだった、と認めている。
国の財政負担でコメ余りを抑え、コメの価格を支え、上げている。結果的にコスト高、価格高騰につながり消費者に負担を強いる。外国産米よりコスト高になっている。
今後の人口減少社会を予測すると、増産して国内消費にとどまらず高品質のおいしいコメを、輸出する積極農政が、どうしても必要になる。外国の好み、需要に合わせて品質も改良する。補助金頼みで農業生産率が上がらない非効率的な生産体制を、抜本的に改革して、コスト高を削減する。今のままでは競争力が上がらない。コストの削減は不可欠だ。
■石破、小泉コンビの、これからの展望とシナリオ
石破首相は、かつて自らが農相時代にすでにコメの増産を主張した。しかし当時は反対意見が強く、思いが叶わなかった。史上最低の農相と言われたと、述懐している。その経験を踏まえ、どのような道筋を描いているのか。農政の大転換であることは、冒頭で書いた。
まずは事実上続いている減反政策の見直しや、JAの金融事業と農家支援とのバランス経営、組織改革・再編、小規模農家・農地の集約化や若者の農業新規参入促進と所得補償政策等々―。農政改革の問題点や課題は明らかになっている。いずれも厚く重い。
小泉農相も参院選後は農政改革における対立する構図を描くことから距離を置いている。就任当初はコメの流通過程の不透明さや、複雑な組織体制を強く批判していた。そういう一面は否定できないが、ウケねらいの仮想悪玉論は通用しない。「抵抗勢力」論争で、ひと昔前に支持を伸ばした時代とも、テーマも全く違う。
このため現在はおひざ元の農水省のコメ生産体制支援のデータ行政改革から始めた。コメの収穫量を予測する作況指数などを廃止する。特定の水田面積からその年の収量を予測するのだが、不正確な結果から実際の収量と予測が外れることもある。民間のAI技術を活用して正確な収量予測を期す。中山間地の棚田など良質なコメを作る小規模農家支援と、法人化された大規模集約営農の推進、スマート農業化支援とを共存させることも求められる。集約化では高額な農機具、圃場の整備など予算もかかる。
熱波に弱い銘柄米の品種改良や、水不足でも稲が生育する新しい農法の利用なども研究開発が急がれる。事実上減反から増産への転換は明確に示された。需要と供給の見通しや、主食用米以外の作物に出している交付金を、どのように使うのか。まだ道筋は見えない。
農家が心配しているのは、増産してコメ価格が下がり生産者の収入が減った場合に、どのような支援策を講じるか。個人や法人の生産者を対象として過去5年の平均より収入が減った際に、一定程度を穴埋めする保険などがあるが、支援が不十分。決まった金額を生産者に支払う「所得補償」は民主党政権時代に注目されたが、小規模農家にも行き渡る。生産の集約、大規模化に対応できるのか。巨額の財政支出が必要になる。新たな交付金も検討されているが、対象をどこまで広げるか、全体の予算規模などが課題になる。
今後、政権や農水省のコメ政策の枠組みが抜本的に変わるかが、農業政策の成否を決める。消費者が安心して好みのコメを選択できる品不足の解消がまず求められる。不安定に高止まりを続けるコメの平均価格は5キロ3500円前後、3000円台が妥当なラインだと考えられている。当面の課題と半世紀先まで見通したロードマップを政権・政治家が強い意志で明確な進路を示せば、農水省を始め官僚も、増産へとカジを切り直して政策を進めやすい。不透明な部分を明らかにしていくことがカギを握る。
写真)秋の田んぼの様子(新潟県)




























