人口減の日本で、武雄アジア大学が認可された不思議

福澤善文 (コンサルタント/元早稲田大学講師)
【まとめ】
・人口減少下、佐賀県武雄市の「武雄アジア大学」が認可。
・利害関係の説明が不十分であること、手続きの順序や透明性にも疑義あり。
・学生集めを留学生に依存し、教育の質低下も懸念される。
日本の人口減少は止まらず、学生数も増えるどころか減少する一方だ。小中学校の統廃合が進み、大学でも募集停止が相次ぐ現状を見れば、これ以上大学を増やす論拠は乏しい。高校卒業者は2022年の995,109人から2024年の923,800人へと減少した。そのうち大学進学者数は2022年の550,559人をピークに2024年には539,813人と減少した。(リクルート進学総研調べ)高校卒業者の減少率が大学進学者の減少率より高いことから、大学進学率は2022年55.3%→2024年58.4%と上昇とした。いずれにせよ大学進学者数はこれからも減少傾向であることに変わりはない。
このような中で、先ごろ、文部科学省は大学設置・学校法人審議会の答申を経て既存の12校で学部新設、私立3大学の新設を認可した。人口が減少しているのに学部、大学新設とは、何故と思った人も多かっただろう。その中でも佐賀県武雄市の「武雄アジア大学」は反対意見がマスコミを騒がせる中での認可だった。
当初の「現代韓国学部」から名称を変えた「東アジア地域共創学部」として申請し、学長予定者は国立民族学博物館出身の小長谷有紀氏だという。だが小長谷氏は大学設置分科会の委員名簿に名を連ね、母体の旭学園が運営する短大の客員教授にも就いている。認可側と認可される側の関係が重なり、利害関係の説明が十分になされていないことは重大な問題だ。さらに認可前に既に建設工事が始まっていたというのは、手続きの順序や透明性にも疑義を生む。
財政面も看過できない。武雄市は総額19億5000万円(うち県が約6億5000万円)を補助すると表明し、文科省の認可に伴い私学助成金が投入される。要するに税金が当てられる。税金を「投資」すると言うならば、投資家である納税者に対し、具体的な収支見通し、想定入学者数、黒字化の時期、最悪シナリオでの損失負担などを明示する義務があるはずだ。だがそうした情報公開は十分に行われていない。
佐賀県の地元残留率は2024年で17.5%と低く、隣県の福岡には既にアジア研究や国際教育に強みを持つ大学が多い。立命館アジア太平洋大学など既存校の存在を考えれば、地域内での差別化や優位性の根拠を示せないまま「アジア」を看板に掲げる新規学部を設けるのは説明責任の放棄に等しい。
大学ジャーナリストの石渡嶺司氏は1年以上前から市民団体からの反対の声を報じてきている。「子供たちに学びの選択肢を用意したい」(小松市長)や「教育格差を是正して地域人材を育て、地方創生につなげるパイロットモデルとしたい」(小長谷学長予定者)の声が地元の大反対を押し切った裏にどんな力が働いたのだろうか?反対を押し切ってまで、本件を進め、税金を投入するからには、万が一失敗した場合の責任の所在ははっきりさせておくべきだ。
過去の事例を見ても、新設大学や学部が短期間で定員割れに陥り、税金を浪費するケースは珍しくない。だからこそ新規認可には厳格な審査と、万が一の際の責任追及メカニズムが必要だ。今回のプロセスでそれらが確保されているとは言い難い。反対の声を押し切ってまで進める理由が示されていない以上、「出来レース」や「既成事実化」によって決まった可能性を排除できない。
教育の質の問題も深刻だ。少人数で多様なカリキュラムを維持するには相応の教員力と研究資源が必要だが、地方新設大学が優秀な教員を安定的に確保することは容易ではない。教員の質が低下すれば、卒業生の就職力や地域経済への貢献も期待できない。大学は単なる学生の受け皿ではなく、地域を成長させる知的基盤でなければならないが、その条件が満たされる保証は乏しい。
さらに懸念されるのは、学生集めのために留学生に依存する可能性だ。国内志願者数が伸びない場合、経営を維持するために外国人留学生中心の構成に移行する大学が増えている。これ自体は悪いことではないが、留学生受け入れを過度に拡大すると、教育の質や地域との結びつきが希薄になり、地域振興の名目が実態と乖離する恐れがある。税金で支えた教育機関が地域住民にとって外部主導になってしまうリスクは軽視できない。
ガバナンス面の改善も急務だ。認可プロセスにおける利益相反の疑いを放置せず、第三者機関による独立調査を実施すべきだ。また、補助金交付に際しては、達成可能なKPI(入学者数、就職率、地域連携の実績など)を明記し、未達成時の返還条項を明文化することが不可欠だ。こうした措置が無ければ、意思決定の正当性は永遠に問われ続ける。
市民や有識者の反対を無視して進められた今回の認可は、地方創生の皮を被った公共資金の私物化に通じる例になりかねない。公共の資源を扱う行政は、短期的な政治的圧力や既得権益ではなく、公平性と長期的な費用対効果で判断すべきだ。市民の信頼を取り戻すため、説明責任を果たすとともに、透明な監視体制を即時に整えるべきなのだ。
数年後、もしも武雄アジア大学が国内から学生を集められず、留学生頼みで延命するようなら、その責任を誰が取るのか。行政担当者は異動して姿を消し、負担だけが納税者に残されるだろう。
トップ写真:武雄アジア大学 完成予想図
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この記事を書いた人
福澤善文コンサルタント/元早稲田大学講師
1976 年 慶應義塾大学卒、MBA取得(米国コロンビア大学院)。日本興業銀行ではニューヨーク支店、プロジェクトエンジニアリング部、中南米駐在員事務所などを経て、米州開発銀行に出向。その後、日本興業銀行外国為替部参事や三井物産戦略研究所海外情報室長、ロッテホールディングス戦略開発部長、ロッテ免税店JAPAN取締役などを歴任。現在はコンサルタント/アナリストとして活躍中。
過去に東京都立短期大学講師、米国ボストン大学客員教授、早稲田大学政治経済学部講師なども務める。著書は『重要性を増すパナマ運河』、『エンロン問題とアメリカ経済』をはじめ英文著書『Japanese Peculiarity depicted in‘Lost in Translation’』、『Looking Ahead』など多数。





























