再びベストセラー作家へ 『上場廃止』が時代に呼応した理由

牛島信(弁護士)
【まとめ】
・文庫版『上場廃止』がベストセラー首位となり、15年前の作品が再び注目を集めた。
・カルロス・ゴーン事件を予見したような内容が、時代の先見性として再評価された。
・野口悠紀雄『戦後日本経済史』に共鳴し、「終わりが始まりである」という探求の姿勢を新たにした。
一つご報告がある。
10月に幻冬舎文庫として出た『上場廃止』がなんとベストセラーのトップになったのだ。
BS11の『団塊物語』に出演するたびに、また、日経ラジオの『吉野直也のnikkei切り抜きニュース』に出るときにも、「弁護士でベストセラー作家」とご紹介いただく。そのたびに、それってそうとう前の話なんだがな、と些か忸怩たる思いがあった。ところが、思いもかけずこの文庫本が売れて、またベストセラー作家と紹介されてもおかしくなくなったようだ。それにしても、どんな方が買ってくださったのか。
この本、元は『利益相反(コンフリクト)』として朝日新聞出版から出していただいたものだった。2010年のことである。幻冬舎の編集長として私の最初の本、『株主総会』を出してくださった芝田暁さんが朝日新聞出版に移られ、新しい小説を書くように強く勧めてくださったのが発端だった。ぎりぎりまで校正刷りに手を入れさせていただいたので芝田さんにご迷惑をかけてしまったのが懐かしい。赤の鉛筆を使っていた記憶がある。
その芝田さんは2019年に亡くなられてしまった。棺のなかの、立派な口ひげを蓄えられていたお顔が思い出される。
なぜ『利益相反』を読み返したのかはおぼえていない。自分の作品というものは、手を離れてしまうと読み返すことはないものなのだ。ところが、この本、読み始めて見ると面白くて面白くて、次はどうなるのかとワクワクしながら読み進めてしまった。
もちろん自分で書いた作品なので、<ああ、そうだった、そうだった。女性の税理士さんがいて、その息子さんが弁護士さんなんだった。>と思い出すのだが、それでも大いに愉しんで読み終え、別の新作の話をしていた折に幻冬舎の方に「これ、文庫本にしませんか」と相談したのだ。
その結果、やりましょうということになった。私としては、2010年に書いた作品ながら先見性が大いにあったと思っているのは、2018年にカルロス・ゴーン事件が起きたからだ。どちらも上場会社のワンマン社長で、金融証券取引法違反も特別背任もお構いなしということが共通していた。
だから、私は文庫本のあとがきに「15年後の今、私は、樋山氏の事件の8年後になって日産のカルロス・ゴーンが同じ罪で逮捕・起訴されたことを思う。特捜部が活躍したところも瓜二つだ。やってしまったことといい、罪の中身といい、樋山氏はゴーンの先駆けだったということだ。そういう意味ではこの小説はカルロス・ゴーンの犯罪を予言した本でもあったということになるようだ。」と書いた。
このサイトに連載させていただいた『団塊の世代の物語』も、もうすぐ本になる。だいぶ手を入れている途中だが、その間に参考になるに違いないと野口悠紀雄さんの『戦後日本経済史』(東洋経済)を読んだ。気ままな散歩と同様、目次を見て興味の湧く部分から始めて、最後に冒頭に戻った。
そして、野口さんが1945年、昭和20年3月10日の東京空襲を「奇跡的」に生き残った方なのだと知った。「最初の記憶」とある(2頁)。4歳3か月だったとある。「この夜の記憶があまりに強烈だったため、その以前の記憶が吹き飛ばされたのだろう。」と書いていらっしゃる。さもありなん、と思う。
防空壕の入り口近くにいたから助かったことなど、なるほどと感じずにはいられない。
もちろん、この本の真骨頂は最終章の「終わりが始まりである」である。
私も同じことを考えている。日本は変われない、という思いを先日も味わった。個人的な場で、或る大経営者に上場会社の株主についての強い批判を伺ったのである。
それにしても347頁の表は雄弁である。1995年をピークにした美しい山形のグラフ。日本の一人当たりGDPの推移である。他にアメリカと韓国が出ている。もちろん、我々は今、山の右側の裾にいるのである。折れ線グラフは未だ未だ下がっていく気配である。
「あと数年で、日本は先進国とは言えない状態になる!」(348頁)
「探求の末に辿り着いたのが出発点だった」(352頁)
エピグラフに引かれているT.S.エリオットの詩句、
「すべての探求の終わりは、
出発の血に到達し、
その地を初めて知ることだ。」
それについて野口さんは「同じ場所に戻ってきたのだが、そこは同じ場所ではないと言っている。」と解説する。(353頁)「ここは新しいことを始める場所なのだ・・・」と。
そして、「我々は決して探求をやめないだろう。」と結ぶ。
野口さんにはこれまでもいろいろなことを教えていただいた。
この本には体を揺すぶられる思いがした。
私は、自分にしか歩けない道を、独りで歩いて行くつもりだ。
トップ写真:『上場廃止』
出典:幻冬舎HP




























