ハマースに「無条件降伏」を迫るガザ停戦提案

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#38
2025年9月29日-10月5日
【まとめ】
・トランプ大統領とイスラエル首相がガザ戦争終結に向けた提案を発表し、ハマースに受諾を要求。
・提案はハマースの武装解除、イスラエル軍の部分撤退、将来のガザ統治への不関与を求める内容。
・この提案はハマースへの「無条件降伏」を強いるものであり、停戦に向かう可能性は低い。
今週の注目は何といっても自民党総裁選挙だろう。「盛り上がりに欠ける」との声もあるが、これだけレベルの高い政治家たちが、自由かつ民主的な選挙による権力闘争を公開の場で行うこと自体、日本社会がまだ健全な証拠ではないか。ただ、結果が出るのは週末の10月4日となるので、現時点での予測はあまり意味がない。
されば自民党総裁選関連は来週書くこととし、今週はガザ停戦交渉を取り上げたい。NYTは「29日、米大統領とイスラエル首相がガザ戦争終結に向けた提案を発表した。両首脳はこれを中東和平への大きな一歩と称賛し、ハマースに受諾を要求した。同計画では武装組織ハマースが武装解除し、イスラエル軍の完全撤退には至らない撤退条件を受け入れ、将来のガザ統治に一切関与しないことが求められている。ハマースが合意する可能性は低いと見られているが、+–ハマースは誠意をもって同提案を検討し回答すると約束した」などと報じている。
しかし、これだけでは良く分からないだろう。実際に同提案の詳細については主要海外メディアが既に全文を報じているが、20項目もの長い内容となっている。どうしようかなと思っていたら、さすがはNHK、同提案の概要を次の通り報じているので、今回はそちらを参考にさせて頂いた。いつもの通り、【】内は筆者のコメントである。
「トランプ大統領のガザ紛争終結のための包括的計画」の概要
●ガザ地区は過激主義が排除されたテロのない地域となり、近隣諸国に脅威を与えない。【筆者注(以下同じ):要するにハマースを殲滅するということだ。】
●ガザ地区はすでにあまりにも過剰な苦しみを受けてきたガザ地区の住民の利益のために再開発される。【パレスチナ人以外に誰が開発するというのか、パレスチナ独立国家なんて念頭にないということだ。】
●双方がこの提案に合意した場合、戦争は即時に終結する。イスラエル軍は人質解放の準備のために合意した境界線まで撤退する。この間、空爆や砲撃を含むすべての軍事作戦は停止され、完全な段階的撤退の条件が整うまで戦線は凍結される。【聞こえは良いが、ハマースは完全武装解除、イスラエルは部分撤退しかしないということだ。】
●イスラエルがこの合意を正式に受け入れてから72時間以内に生存者と死亡者を問わず、すべての人質が解放される。【ハマースにとっては切り札を放棄するということだろう。】
●すべての人質が解放された後、イスラエルは終身刑の受刑者250人と、おととし10月7日以降に拘束されたガザ地区の住民、1700人を釈放する。【パレスチナ人の命はかくも安いのである。】
●すべての人質が解放された後、平和的な共存を約束し武装解除したハマースのメンバーは、恩赦を与えられる。ガザ地区を離れることを望むハマースのメンバーには受け入れ国への安全な移動経路が提供される。【武装解除して抵抗しないなら許してやる、ということか。踏んだり蹴ったり、である。】
●合意受け入れ後、直ちにガザ地区へ全面的な支援物資が送られる。【これは当然だろう。】
●ガザ地区は暫定的に実務的で、非政治的なパレスチナ人委員会により統治される。この委員会はパレスチナの人たちと国際的な専門家で構成され、新たな国際機関として立ち上げられる「平和評議会」によって監督、監視を受ける。トップはトランプ大統領が務め、イギリスのブレア元首相を含む、各国のリーダーなどが参加する。【非政治的なパレスチナ人なんているのか、仮にいても、トランプがトップの「平和評議会」を一体誰が信じるのだろう?】
●ガザ地区からの住民の強制退去は行わない。希望する者は去ることもできるし、戻ることも自由にできる。住民の残留を奨励し、よりよいガザ地区を築く機会を提供する。【当然だろう。】
●ハマースとそのほかの勢力は、ガザ地区の統治において、直接的にも間接的にもいかなる形においても役割を担わないことに合意する。トンネルや武器生産施設を含むすべての軍事、テロ、攻撃的インフラは破壊され、再建されない。独立監視団の監督のもとでガザ地区の非軍事化プロセスを実施する。【ハマースは武力による抵抗手段を完全に放棄させられる、ということだ。】
●アメリカはアラブ諸国や国際パートナーと連携してガザ地区に即時に展開する暫定的な国際安定化部隊を編成する。【この部隊も米国の指揮下に置く、ということか】
●イスラエルはガザ地区を占領、または併合しない。イスラエル軍はガザ地区を段階的に国際安定化部隊に引き渡し、ガザ地区から完全に撤退する。テロ再発の脅威から安全になるまでは軍の駐留が維持される。【イスラエル軍の「完全撤退」に言及はするが、テロの脅威などがなくなるまでは駐留する、というのだから、永久に「完全撤退」はなさそうだ。】
ここにはパレスチナ国家についての言及も一切ない。要するに、これって、ハマースに事実上の「無条件降伏」を強いる内容だろう。この提案でガザが停戦に向かう可能性は低い。相変わらずの停戦提案であり、ハマースのリーダーでこれを受け入れれば、裏切り者としていずれ暗殺されるだろう。だが話はここでは終わらない。
そもそも、ハマースの指導部には「一般パレスチナ人の命を守る」という発想はないのだろうか。「無条件降伏」のタイミングが遅れて、多くの民間人が犠牲になった例は、昔の日本も含め、世の中には無数にある。人口200万人で6万人以上が犠牲になっているガザ地区を「統治」しているというなら、それなりの責任もあると思うのだが・・。
さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
9月30日 火曜日 国連総会、ミャンマーのロヒンギャ問題を討議するハイレベル会合を開催
日本首相、訪韓(2日間)
10月1日 水曜日 デンマーク、非公式EU首脳会議を主宰
中国、外国技術者を優遇するKビザの発給開始
10月2日 木曜日 デンマーク、欧州政治コミュニティ首脳会議を主宰
10月3日 金曜日 チェコ、議会選挙(二日間)
10月4日 土曜日 自民党総裁選挙
ジョージアで地方選挙
10月5日 日曜日 シリアで議会選挙
さて、いつもなら最後はガザ・中東情勢だが、ガザ停戦問題は既に書いた通りである。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:ガザ地区との国境付近に駐留する戦車とイスラエル兵(2025年9月17日イスラエル南部)出典:Amir Levy/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

執筆記事一覧































