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.国際  投稿日:2024/5/8

政治的窮地に立つネタニヤフ首相


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#19

2024年5月6-12日

【まとめ】

・ハマースが受け入れを発表した「停戦案」をイスラエルは承知していなかった。

・ネタニヤフ首相は、バイデン政権の支持か、保守強硬派連立政権か、国民の支持のいずれかを失いかねない。

・ネタニヤフ首相は「政治的窮地」にある。

 

 先週日本はGWだったので、岸田首相の仏、ブラジル、パラグアイ訪問や防衛大臣のハワイ訪問以外、大きな外交安保関連ニュースはなかった。一方、筆者個人的には3日の大阪での「そこまで言って委員会」収録、5日の岡山県倉敷市・五流尊瀧院の三田山上権現大祭、6日の立命館大学ゼミと、関西での「死ロード」が続いた。

 海外の方は、今週もガザ停戦交渉や中国トップ欧州訪問など外交ニュースは満載だが、個人的に最も注目したのはロシア当局による米陸軍兵士の拘束事件だった。米陸軍報道官は「兵士拘束は5月2日、ウラジオストク」とのみ発表、「問題の機密性を考慮」して詳細は明らかにしないそうだが、これって物凄い話ではないかね。

 ウラジオストクといえば、昔筆者も訪れたことがある。あのロシア極東の重要海軍基地のある戦略的要衝で米陸軍兵士は何をしていたのか、どの部隊に所属していたのかなど、疑問は尽きないが、米陸軍だけでなく、米国務省もロシア政府もノーコメントを続けている。恐らく詳細は闇の中だろうが、今後の米露関係が気になる。

 続いては、中国国家主席のフランス訪問だ。習近平氏はマクロン仏大統領やEUフォンデアライエン委員長と会談し、ウクライナ情勢やEUが問題視する貿易の状況などについて意見交換したという。習国家主席の訪欧は5年ぶりだが、今回の目的が欧米間に「楔を打つ」ことだったとしたら、あまり成功しなかったのではないか

 報道によれば、仏大統領が「ヨーロッパと中国との対話はこれまで以上に必要だ」としたのに対し、習主席は「中国とEUは世界の2つの重要な勢力としてパートナーシップを堅持すべし」と述べた。だが、欧州側の最大の懸念がEVなど中国政府の補助金により過剰生産された商品のダンピング輸出であることは間違いなかろう。

 実際に会談後、EU委員長は「中国政府の補助を受けて過剰に生産された製品がヨーロッパに輸入され、競争を歪めている」と述べたが、中国側は「過剰生産」そのものを否定しているらしい。恐らく議論はすれ違いだろう。この後、習主席はセルビアとハンガリーという親露国も訪問するが、これで米国を牽制できるかは未知数だろう。

 もう一つ気になるのがガザでの停戦交渉の行方である。先週筆者は、

  • 今もイスラエルは将来の、より洗練された、ラファ侵攻作戦を準備しつつあるが、
  • 米国の対イスラエル圧力も相当なもので、ネタニヤフも妥協せざるを得ないのか
  • という訳で、今後ガザをめぐり人質解放と停戦に向けた交渉が動くかもしれない

 と書いた。それでも、イスラエル・ハマース双方の意見の隔たりは大きく、5月6日にハマースが受け入れを発表した「停戦案」をイスラエルは承知していなかったともいわれる。今ネタニヤフ首相はラファ完全占拠を求める超保守連立政権パートナーの支持を失いかねない「政治的窮地」にあるとBBCなどは分析している。なるほどね。

 確かに、一つ間違えると、ネタニヤフは米国のバイデン政権か、現在の保守強硬派連立政権か、人質問題と戦争長期化に不満を募らせるイスラエル国民の支持、のいずれかを失いかねない。最近、ネタニヤフ政権はイスラエル国内にあるアルジャジーラの支局を閉鎖したが、こんなことで現在の局面を打開することは難しいだろう。

  続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

5月7日 火曜日 ボスニアヘルツェゴビナ大統領、ドイツ訪問終了

5月8日 水曜日 北マケドニア、議会選挙

 ブラジル中央銀行、金利決定

フィンランド大統領、ドイツ訪問

5月9日 木曜日 ペルー前大統領に対するペルー議会公聴会開始

 G7法務大臣会合(イタリア)

5月12日 日曜日 カタロニアで地方選挙

リトアニアで大統領選挙

5月13日 月曜日 ギリシャ首相、トルコ訪問し首脳会談

 最後は、いつもの中東・パレスチナ情勢だが、前述の通り、今回の交渉が実を結ぶかどうかは予断を許さない。但し、今回の米国の対イスラエル圧力は相当大きく、ネタニヤフ政権としても、バイデン政権を無視できない状況に置かれているのだろう。

 先週書いた通り、「いずれにせよ、戦闘が終わるときはイスラエル、ハマース双方が勝利宣言をする」「逆に言えば、勝利宣言がなければ、本当の停戦にはならないということ」だ。

 ハマースがそろそろ参り始めていることは間違いないが、問題はイスラエルが「まだ勝てる」と思っていることだ。戦争当事者のどちらか一方でも「まだ勝てる」と思う限り、戦争は終わらない。現状では、仮に一時停戦が実現しても、恒久停戦は難しいのではないか。

 今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ガル・メール・アイゼンコット上級曹長の葬儀に参列するイスラエルのネタニヤフ首相 2023年12月8日 ヘルズリヤ イスラエル 出典:Alexi J. Rosenfeld/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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