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.国際  投稿日:2025/2/26

マスクの魔女狩り:ワシントンに響く絶望の声


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#08

2025年2月24日-3月2日 

【まとめ】

・ワシントンでは、イーロン・マスクによるキャリア連邦公務員の大量解雇が進行し、一種の「魔女狩り」が本格化している。

・ウクライナ停戦交渉やトランプ政権の外交戦略が複雑に絡み合い、米露関係やEUの対応が混迷を極めている。

ガザ・中東情勢は膠着状態が続き、イスラエルとハマース双方が政治的思惑から停戦を避ける動きを見せている。

 

今週もトランプ万華鏡は続く。ウクライナ停戦をめぐる水面下の米露交渉と、それに実質参画できないウクライナやEU諸国の巻き返し努力が同時並行で進むという、ほんの数か月前までは想像困難だった事態が連日続いている。筆者も覚悟はしてきたつもりだが、これ程とは・・・。現実は「シュールsurreal」と呼ぶに相応しい。

ところで本稿は東京発金沢行上越新幹線内で書いている。先週からの日本海側の大寒波は漸く峠を越えたようだが、トンネルを抜け部外者には美しく見えた「雪国」の風景も、地元の方々にとっては大迷惑だったに違いない。同様に、今欧州で吹き荒れている「トランプ旋風」も、地元欧州人から見れば、迷惑千万な大寒波なのだろう。

大寒波といえば、もう一つ背筋が凍るような事態がワシントンを中心に起きている。これも「トランプ旋風」の一部ではあるが、より正確に言えば「イーロン・マスク現象」とでも呼ぶべきか。気に入らないキャリア連邦公務員を片っ端から辞職に追い込もうとする、一種の「魔女狩り」「赤狩り」「リベラル狩り」が遂に本格化したのだ。

詳細については、ワシントン在住・辰巳由紀主任研究員が書いた今週のテュポンサークル便りを是非ともご一読願いたい。ただ、連邦キャリア職員大量解雇の可能性自体は昨年から噂されていた。某保守系シンクタンクのレポートには「最大5万人を入れ替える」とあったが、どうやらマスクは本気で「公務員狩り」を実行する腹のようだ。

ちなみに最近米国の某友人が筆者に、国務省職員の悲痛な叫びを記したメモを送ってきた。あまりに悲しい話ではあるが、ワシントンの普通のキャリア公務員の絶望感が伝わってくる。プライバシー保護のため、概要のみを日本語に翻訳してみた。それでも現地の雰囲気は十分伝わるだろうと思うので、どうかご一読願いたい。

 ・今も、また将来も、一筋の陽光すら見えない。(トランプの)クーデターは基本的に完了しており、もはや抵抗勢力は見当たらない。

 ・共和党議員は共犯者であり、彼らは既に骨抜きにされている。

 ・裁判所も右派であることが多いが、いずれにしても、動きは遅く、概して無責任であり、その判決も協力的な行政部門なしには執行できない。

 ・従来型メディアたる新聞・放送業界に大きな影響力はなく、今では概ねトランプ氏に肩入れしている。

 ・「権力機関」は現在、国防総省、司法省、国土安全保障省、FBIなど、ほとんどがトランプ主義者の手中にある。

 ・一部の州はまだ抵抗可能だが、トランプは州への資金を違法にカットするだろう。

 ・トランプ主義者にとって、「違法性」など何の障害にもならないのだ・・・・。

モノ言えば唇寒し、長いものには巻かれろ、寄らば大樹・・・・。こんな日本語の諺がピッタリの「同調圧力」現象が、あの誇り高きワシントンで起きるとは正直思わなかった。上院共和党でも、トランプ批判を続けるのはミッチ・マコーネル前院内総務ぐらい。しかも、同議員は今期で引退する。実に恐ろしい世の中になったものだ。

続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

2月25日 火曜日 ニュージーランド外相、訪中(3日間)

2月26日 水曜日 南アフリカがG20財務相・中銀総裁会合を主催

ASEAN国防大臣会合開催(マレーシア)

2月27日 木曜日 仏大統領、ポルトガル訪問(2日間)

カナダ・オンタリオ州州議会解散選挙

2月28日 金曜日 中国主催の「IPCC気候変動に関する政府間パネル」年次総会が閉幕

EU代表団訪印、インド首相と会談

最後にガザ・中東情勢について一言。今ガザ方面は不気味なほど静かである。人質解放をめぐるハマースとイスラエルのやり取りは、やれ合意違反だ、大規模攻撃も辞さない、など「お決まり」の駆け引きが続いている。先週筆者はこれを「中東のスーク(市場)での値切り交渉のよう」で「意外に息が合っている」と形容した。

理由は簡単、双方とも今のまま停戦したくないからだ。イスラエルが下手に停戦すれば、2023年10月7日のハマースの奇襲を防げなかったネタニヤフ首相の政治責任問題が再浮上する。一方、ハマース側も、人質を全て解放すればイスラエルの総攻撃が必至であることを、経験上知り抜いているからだ。

いずれにせよ、今後はトランプ政権が、①ウクライナとレアアース等鉱物資源の権益をめぐる合意に達し、②ロシアが受け入れ不能な停戦条件を敢えてプーチンに提示し、③リヤドで第一回目の米ロ首脳を開くものの、④恐らく、直ちには実質合意に至らない・・・、という一連のトランプ即興劇場がどう動くかに焦点が移るだろう。

それまでは、ハマースもイスラエルも当面「様子見」だろう、という筆者の見立ては今も変わらない。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:保守政治行動会議に参加するイーロン・マスク (2025年2月20日アメリカ、メリーランド州)出典:Photo by Andrew Harnik/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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