無料会員募集中
.国際  投稿日:2025/1/17

ガザ停戦、第一段階 恒久和平への道のり続く


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#02

 2024年1月13-16日

【まとめ】

・イスラエルとハマースは1月19日から6週間の停戦、人質解放、パレスチナ人釈放で合意。

・ネタニヤフ首相は停戦後の生き残りに自信を得て、トランプ次期政権から何らかの保証を得た可能性がある。

・今回の合意は第1段階であり、今後も段階的に協議を続け、恒久的な停戦を目指す。

 

今週は前半に米国出張が入り、原稿が遅れてしまったことをお詫び申し上げる。何卒ご容赦願いたい。今週のハイライトは、世界的に見れば、やはり現在進行中のガザにおける停戦合意成立と人質解放の行方だろう。これは間違いないが、当地米国での最大ニュースは、やはり、年初から続くロスアンゼルス周辺の山火事である。

当然ながら、米各報道機関の関心はこの山火事により犠牲になった人々や焼け出された多くの住民の悲惨な生活などだが、その報じ方は微妙に違うように感じる。CNNはこのハリケーン並みの強風という異常気象が起こした未曾有の被害に焦点を当てたのに対し、FOXは民主党系州知事とロス市長の政治責任を厳しく問うていた。

まあ、この程度の温度差自体は驚くに当たらないのだが、来週にはトランプ氏の二度目の大統領就任式がある。どうやら、2025年も新年早々、親トランプ系と反トランプ系の政治的泥仕合が白熱化しているようだ。米国内の混乱から目は離せそうもない。そうは言っても、本当に騒がしいのはワシントン周辺だけのようだが・・・。

続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

1月14日 火曜日 韓国大統領弾劾裁判始まる

フィンランド、バルト海NATO加盟国首脳会議を主催

仏新首相、新政府の政策について演説

スリランカ大統領、訪中(4日間)

1月15日 水曜日 国連事務総長、総会で2025年の優先事項につき説明

モザンビーク新大統領就任

1月16日 木曜日 バヌアツ、議会解散総選挙

1月17日 金曜日 ドイツ首相、訪独中のスウェーデン首相と会談

1月20日 月曜日 ダヴォス会議開催

最後はいつものガザ・中東情勢だ。先週はシリア情勢について書いたが、今週は噂されていたガザ戦争の停戦交渉が進展し、8か月間の交渉の末、漸く合意に達した、ようである。「ようである」と書いた理由は、これが「休戦」「和解」に繋がる訳では必ずしもないからだ。そうは言っても、停戦合意が喜ばしいことに変わりはないが・・。

まずは合意内容から。報道によれば、イスラエルとハマースは、1月19日から6週間の期間停戦し、ハマースは33人の人質を解放し、イスラエル側は刑務所に収容しているパレスチナ人を釈放することで合意したという。合意内容の基本は過去相当長い間交渉されてきた内容と、実はあまり変わらない。

では何が変わったか、変わった理由は二つある。第一は壊滅的損害を受けたハマース側が不利な合意内容を受け入れたこと、第二はトランプ次期政権関係者も交渉に実質参加し、今回の合意内容を保証したことではないかと思う。前から言っている通り、停戦はどちらか一方が「負ける」と思わなければ、容易には実現しないものだ。

早速、「手柄」合戦が始まった。トランプ氏は大統領選挙での勝利が今回の合意に結びついたとSNSで強調、ネタニヤフ首相はトランプ氏とバイデン大統領に謝意を伝え、ハマースもSNSで仲介国のカタールやエジプトに謝意を示したそうだ。これで全ての当事者の「顔が立つ」訳だが、真の問題は報じられていない内容である。

報道によれば、今回の合意はあくまで第1段階であり、今後は第2段階と第3段階について協議を続け、恒久的な停戦を目指すという。また合意履行を監視する拠点をカイロに設置し、カタール、エジプト、米国の合同チームが監視にあたるそうだ。だが、果たしてこのプロセス、そんなに上手くいくものだろうか。

最後に、筆者の見立てを書いておこう。ポイントは3つある。第一は、ネタニヤフ首相が賭けに出たということ。これまで同首相にとって、「停戦合意」は「政治生命の終わり」を意味しかねない難関だった。これを今回受け入れたということは、停戦後のイスラエル内政でも「生き延びる」自信を同首相が持てたということだろう。

第二は、ハマースの弱体化である。イスラエルがガザでの戦闘の一段落後も、南レバノンでヒズブッラ掃討作戦を続けたのは、今回の戦争の目的が、親イラン武装勢力だけでなく、シリアとイラン自体だったからだろう。案の定、シリア政権崩壊でイランは影響力を大幅に失った。こうなれば、ハマースに他の選択肢はなかっただろう。

最後に重要なことは、ネタニヤフ首相がこれまでの接触でトランプ次期政権から同首相のイスラエル内政上の地位や将来について何らかの「確信」「確証」を得た可能性である。筆者がネタニヤフであれば、最大の関心事はこれである。逆に言えば、これなしにはハマースとの停戦には応じ難いと思うからだ。

現に、トランプ氏は「この合意を受けて、私の国家安全保障チームは、イスラエルや同盟国と緊密に協力し、ガザ地区が2度とテロリストにとっての安全な避難場所にならないよう引き続き、取り組む。」と述べている。この一文が具体的に何を意味するのかは、今後徐々に明らかになっていくだろう。

いずれにせよ、ガザ地区での死者は1年3か月以上におよぶ戦闘でこれまでに4万6000人を超え、子どもを含む多くの住民が犠牲になっている。他方、ガザ北部ではイスラエル軍の空爆で18人の死傷者が出たとも報じられている。今回の停戦合意が予定通り発効するか、第二段階、第三段階に進めるのかは予断を許さない。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:イスラエル・ガザ戦争で停戦協定が成立(イスラエル2025年1月15日)出典:Amir Levy/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."