フィクションが現実になった日——高市早苗総理誕生と日本の「静かな進化」

中川真知子(ライター/インタビュアー)
「中川真知子のシネマ進行」
【まとめ】
・日本初の女性総理・高市早苗氏の誕生をきっかけに、現実社会とフィクションにおける女性リーダー像を比較。
・ハリウッドの「強い女性像」が一時的なガス抜きである一方、日本ではコルセットが女性の解放の象徴から、気分やシーンに応じて身につける選択肢の一つへと変化し、多様な女性像が静かに育まれてきた。
・高市総理の誕生は、その「静かな進化」が現実社会へと浸透した象徴的出来事だ。
まるで白昼夢を見ているようだ。
10月21日、高市早苗氏が第104代内閣総理大臣に選出された。
日本初の女性総理大臣の誕生——。フィクションの中でしか見られないと思っていた光景が、ついに現実になった。
批判的な人も少なくないようだが、映画産業を背景とする筆者からすれば、圧倒的多数の支持により我が国のトップに女性が立ったという現実を純粋に喜ばしく思うと同時に、信じられない気持ちでいる。
コンテンツにおける女性リーダーはガス抜きの存在か
10年ほど前から、コンテンツにおける女性リーダーの活躍が目立つようになった。
特にここ2〜3年は、「女性こそが最強」と言わんばかりの活躍ぶりだ。
ターニングポイントは『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)だったのではないか。サノスの暴挙を止めるために一堂に集った最強のスーパーヒーローたちが次々と命を落とすなか、遅れてやってきたキャプテン・マーベルがたった一人で優勢に導いてしまったのだから。
スーパーヒーローものに現実社会に置ける女性の身体能力を当てはめて考えることは野暮だろうが、あのシーンを見た瞬間から、ハリウッドが女性を必要以上に持ち上げているような気がして心地悪さを覚えた。
動画:Mission: Impossible – The Final Reckoning | Teaser Trailer (2025 Movie) – Tom Cruise
それからというもの、リーダー格の多くが女性。アメリカの大統領も日本の大臣も、大企業の要職も女性ばかり。ロマンティックコメディの女性たちは男性を必要とせず、最終的に「自分を愛せよ」と言い始めた。
動画:『ロマンティックじゃない?』予告編 – Netflix [HD]
ほんの少し前まで、コンテンツ業界、特にハリウッド映画の中の女性たちは、現実に即した女性として描かれることを望んでいた。そして、それは映画業界における女性の進出と同時並行でゆっくりと進められてきた。女性監督による女性作家原作の女性主役の作品でも、興行的成功を収められることを証明しながら。
だが、昨今はあまりにも急に、非現実的なキャラクターですら女性が起用されているように見える。もしかすると、ハリウッドが描いてきた“強い女性像”とは、現実社会における不均衡を一時的に和らげるためのガス抜きだったのかもしれない。
だが日本では、もう少し違うかたちで女性像が進化してきた。
コルセットを脱ぎ捨てる描写と日本の逆トレンドに見る「多様性」
2003年から2004年にかけて、筆者はアメリカで「Woman in Cinema(映画の中の女性)」という授業を受けていた。
今でこそ、女性の多種多様な生き方にフォーカスした映画やドラマがあるが、当時は数えるほどしかなかった。実際、授業初日に教授が配布した「女性が活躍する作品」リストは、B5サイズの紙を2/3も埋めない程度しかなかった。
映画を学ぶ学生にとって、授業の最初に渡されるリストは「一刻も早く全作品をみろ」ということを意味している。筆者は「今学期は比較的楽だな」と思った。
だがリストの少なさは、第二波フェミニズム運動から30年近く経過したアメリカですら、映画における女性の役割に大きな変化がみられていないことを意味しており、ショックを受けずにいられなかった。
その授業では、女性を映し出す際のカメラワークの変遷や、女性の社会的地位を読み取る上での小道具や表現について学んだ。強烈に記憶に刻まれたのが、「コルセット」だった。女中が背後から力の限りにヒモやリボンを引っ張り、限界まで女性の腰を細くしようとする描写は、当時の女性がいかに窮屈な生活を強いられてきたのかのメタファーとしても機能していた。
動画:Corsage Featurette – The Corset (2022)
そのため、コルセットを脱ぎ捨てる=女性の解放を意味しており、女性の権利や女性の強さを表現する作品ではコルセットが象徴的に扱われていた。筆者が生まれた80年代は、すでにコルセット文化は廃れていた。だが、物理的な締め付けはなくなっても、女性に対する社会的重圧や見下す空気感はそう簡単には払拭されることはなかった。
そのような世の中で、腰を細く見せるために極限まで締め付け、食欲さえ失わせるコルセットは「着用すべきではないもの」と見なされるようになっていった。そして、腰をサポートしたり、姿勢を矯正させたりする健康補助器具としての役割へと姿を変えて行った。
だが、2018年、日本でネットを中心にコルセットブームが起きた。体型を美しく見せるための着脱容易で心地いいコルセットが爆売れしたのだ。
仕掛け人は、インフルエンサーの元鈴木さん(Alyo、本社東京都、大橋茉莉花社長)。コンパニオンだった彼女が、選考通過のために試行錯誤した経験を活かし、日本人の体型に合わせて着心地のいいコルセットを作り、販売した 。
フェミニズムの象徴だったコルセットが、気分やシーンに応じて身につける選択肢の一つになったことに、筆者は純粋に驚いた。そして、日本のコルセットが、主に働く女性の「きちんと見せたいときに身につける」アイテムとして好評を博しているという事実にも、現代社会における女性の生き方の多様性をみたような気がした。
日本のコンテンツにおける多様性と日本初女性総理の誕生
そもそも、日本のコンテンツは多種多様であり、中でも少女漫画においては、そのジャンルは多岐に渡り「少女漫画」というくくりで語ることすら難しい。さらに、少女漫画を活字で表現した少女小説も広く親しまれている。つまり、日本のコンテンツはもともと「多様性」を“声高に叫ぶ必要のない形”で内包していた。
日本では、女性の社会進出が難しいと言われている。事実、筆者もそれは肌身に感じてきた。その一方で、女性の思想は常に無限の可能性で満ちていたと言えるのではないか。
今回、高市早苗総理が誕生したことで、「女性であること」が頻繁に語られる。だが高市氏が選ばれたのは、女性だからではないと感じている。
動画:「24JAPAN」全24話テラサで一気見!PR(30秒)
2020年には女性総理誕生までの1日を描いたドラマ『24 JAPAN』が放送され、2021年には、女性総理大臣の夫をめぐるドタバタコメディー映画『総理の夫』が公開された。両作品における女性総理は異なる性格と志を有しており、画一化された描かれ方はしていない。つまり、フィクションにおける「女性総理」にすら多様性がある。
日本のコンテンツにおける女性キャラクターの多様性は、ハリウッドが繰り返し存在を否定したコルセットを「自由な選択」として楽しむことにも通じる気がする。
そして今回、現実の政治の場で女性が日本のトップに立ったことは、そうした文化的成熟の延長線上にあると感じる。
ハリウッドがメッセージとして女性リーダーを掲げたのに対し、日本では物語を通じて女性の生き方を静かに、しかし確実に多様化させてきた。
高市総理の誕生は、その“静かな進化”が社会の表層にまで届いた証拠ではないだろうか。スクリーンを越えて、現実の政治の舞台にその姿を現した——そう思うと、いまだに白昼夢の中にいるような気がしてならない。
トップ写真:U.S. President Trump Visits USS George Washington In Japan
出典:Andrew Harnik by getty images




























