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.社会  投稿日:2025/5/26

政治色を帯びるハリウッド――娯楽性が失われつつあるなかで、映画の持続可能性を考える


中川真知子(ライター/インタビュアー)

中川真知子のシネマ進行」

【まとめ】

・近年のハリウッド映画業界は、生成AIの台頭や、セレブリティの政治的発言などによって、制作や興行に大きな影響を受け、持続可能性が損なわれつつある。

・物語性よりも多様性や包括性が重視される傾向が強まり、娯楽としての映画に対する期待と現実の乖離が広がっている。

映画制作者一人ひとりが思想と職業を切り分け、責任ある行動を取ることが求められている。

 

ここ数年、ハリウッド映画を取り巻く環境は大きく変化してきた。
2019年頃に発生した新型コロナウイルスのパンデミックにより、撮影の中断や劇場の閉鎖が相次ぎ、本来劇場公開されるはずだった作品がストリーミング配信に切り替わるなど、業界は大きな打撃を受けた。

さらに、生成AIの登場によって俳優や脚本家の仕事が脅かされ、長期のストライキが発生。映画制作におけるAIの使用ルールも見直されることとなった。

2024年になると、大統領選挙をめぐり俳優たちが政治的発言を行ったり、支持政党の演説に登壇してファンに投票を呼びかけたりするようになった。特に民主党を支持する俳優の出演作は、作品のテーマに関係なく政治的な色合いが強くなり、興行成績にも影響が出るように。
作品が興行的に失敗すれば、次回作の予算確保が難しくなり、最悪の場合はスタジオの存続も危うくなる。映画制作の現場はフリーランスの集合体であることも多いため、スタジオ閉鎖やプロジェクトの中止は、関係者の生活に直結する深刻な問題となる。

つまり、近年のハリウッド映画は、持続可能性が損なわれつつあるのだ。

 

■ 映画に見られる最近の傾向

ここ数年、映画やドラマでは物語性よりも多様性や包括性が重視される傾向が強まっている。
これは筆者個人の印象ではない。アカデミー賞の作品賞候補資格に表現とインクルージョンの基準が導入され、賞レースに参加するためには4つの基準のうち2つを満たす必要があるとされている。

その基準では、少数派グループの雇用や、物語におけるテーマとしての採用が求められている。

結果として、多様性を前提にした設定が先行し、キャラクター同士の関係が丁寧に描かれず、観客に「当然のこととして受け入れよ」という姿勢が目立つようになった。そのため、観客が置いてきぼりになる場面も多く見受けられる。

娯楽を求めて劇場に足を運んでも、常に社会的テーマが押し出される。考察を楽しむ映画と、気晴らしとして観たい単純明快な作品とでは、求める観客層が異なるにもかかわらず、あらゆる作品が「考えろ」「慣れろ」と訴えかけてくるような錯覚すら覚えた。

筆者は落ち込んだりイライラしたりしたとき、映画で気分転換をしてきた。しかし、近年は何も考えずに楽しめる作品が減り、戸惑いを感じている。

 

 セレブリティの政治発言がもたらす影響

筆者をさらに戸惑わせたのは、セレブリティによる政治的発言の増加である。


有権者である以上、俳優や歌手が特定の政党を応援するのは当然の権利だが、影響力を利用して投票を呼びかける行為が正当なのかは議論の余地がある。

例えば、カントリーミュージック歌手テイラー・スウィフトはファンに特定政党への投票を呼びかけ、その背景や心境はNetflixのドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』で詳しく描かれている。

また、マーベル作品に出演する俳優たちがオンライン上で民主党支持を表明し、『アベンジャーズ』のテーマを用いた演出で支持を訴えた。

ビヨンセやジェニファー・ロペスらも民主党の演説に参加しているが、彼らの発言は感情的で、理論的裏付けに乏しく感じられることも多い。

さらに、2023年に性的暴行や人身売買などで起訴された音楽プロデューサーP・ディディとの交友が取り沙汰されたセレブたちが、こぞって民主党支持を表明したことで、疑念や混乱が広がった。

これに皮肉を込めて反応したのが、イギリスのコメディアン、リッキー・ジャーヴェイスだ。彼はSNSに以下の動画を投稿した。

「私は有名人だから何でも知っている。私の言う通りに投票しなさい。正しい候補者に投票しなければヘイトクライムも同然。悲しいし腹が立つし、アメリカを出て行きます――あなたはそれを望んでいないでしょう?」

これは、セレブリティの発言に一喜一憂せず、冷静に考えるべきだというシニカルな警鐘だ。

 

 政治的発言が興行成績に与える影響

2024年の大統領選挙は、ドナルド・トランプ氏の勝利で幕を閉じた。
「トランプが勝ったら国外に出る」と宣言していたセレブたちの多くは今もアメリカに残っており、政治的発言も控えるようになった。

しかし、ディズニー実写版『白雪姫』主演のレイチェル・ゼグラーだけは共和党を公然と批判し続けた。トランプ氏が再選した直後には「トランプ支持者に平和が訪れないように」と発言。炎上を受けて後に謝罪した。

彼女はまた1937年版の『白雪姫』に対して「時代遅れ」と発言し、「民主党を支持しないなら観に来なくていい」といったコメントもしていた。

その発言は主演女優としての責任を問われる事態となった。

結果として、映画は公開後も興行成績が振るわず、製作費の回収すら困難であることが確定的だとみられている。

ゼグラーの発言が全ての原因だとは思わないが、彼女の政治的なコメントや過去のインタビューでの発言が観客の反発を招いたことは否定できない。

特に、作品とは直接関係のない主張や対立的な姿勢が、プロモーションや観客との関係構築に悪影響を及ぼしているように思える。

筆者はかつて映画制作会社で働いていた経験から、この状況に胸を痛めずにはいられない。映画制作はチームワークであり、思想とは無関係に仕事に臨む人も多い。
苦労して作り上げた作品が、主演女優の不用意な発言で評価されずに終わってしまったら、誰しもが無力感を覚えるはずだ。

 

 トム・クルーズが守った映画という娯楽

ハリウッドではイベントや授賞式すら政治的発言の場と化しているが、トム・クルーズはあえて政治との距離を保っている。

共演者選びに慎重なことでも知られる彼は、過激な発言や場の空気を乱す行動を避け、プロ意識のある仲間とだけ作品を作ってきた。

『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』の韓国プレミアでは、トランプ元大統領の映画関税発言について問われた際、「映画に関する質問に答えたい」と話題を逸らした。

トム・クルーズのスタンスと、それに共感し作品を支えるクルーたちの姿勢は、観客や劇場にとっても希望の光である。
筆者自身、この作品を純粋な娯楽として楽しむことができた。

映画は作って終わりではない。観客に届けてこそ意味がある。持続可能な映画業界のために、制作者一人ひとりが思想と職業を切り分け、責任ある行動を取ることが求められている

 

トップ写真:セゴビアの『白雪姫』フォトコールに出席したレイチェル・ゼグラー セゴビア(スペイン) 2025年3月12日

出典:Photo by Pablo Cuadra/Getty Images

 




この記事を書いた人
中川真知子ライター・インタビュアー

1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。

中川真知子

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