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.社会  投稿日:2024/5/31

前代未聞の詐欺事件を追ったドキュメンタリー「ハリウッド・コン・クイーン」


中川真知子(ライター/インタビュアー)

【まとめ】

・ドキュメンタリー「ハリウッド・コン・クイーン」、大物業界人を名乗る詐欺師が多くの人を振り回す実話。

・その目的は、相手を心身ともに疲弊させて精神を破壊すること。

・テクノロジーの発展とSNSの普及により、このような詐欺が身近になっている。

 

詐欺被害に遭いやすい人の特徴がある一方で、詐欺被害に遭いやすい業種というのもあるのかもしれない。 

Apple TV+で独占配信されている「ハリウッド・コン・クイーン ~前代未聞の詐欺事件~」というドキュメンタリーを見たら、そう思わされてしまうだろう。

実在する大物ハリウッド業界人の名を語り、業界人相手に詐欺を働いた人物の目的は、金ではなく、ただひたすら人を振り回し、心身ともに疲弊させて精神を破壊すること。

作中では、仕事のためだと言われながら、電話やメールの指示だけで、わけもわからず演技のレッスンや海外出張に行かされていた被害者たちの訴えと、加害者の自己中心的で反社会的な発言や行動も記録されている。

それにしても、なぜハリウッドの業界人は騙されてしまったのだろう。

この記事では、実際にハリウッド映画に携わった経験のある筆者が解説する。

■ 面識のない人たちから連絡が来る職業

映画産業で仕事を続けるには、実力とコネがものをいう。映画製作はプロジェクト契約が一般的であり、契約期間が終わればクルーは解散する。製作会社の中には長期契約を結ぶところもあるが、会社の運営や存続が興行成績に左右されるために業績が悪くなったりプロジェクトの本数が減ったりするとスタッフが大量解雇されるのも珍しくない。

こういった背景があるため、映画産業で働く人たちは、ビジネス特化型SNS『LinkedIn』や、ポートフォリオ代わりになる『Instagram』を活用して求職中であるとアピールすることが多いし、仕事仲間には率先して求職中であることを話す。SNSを見たり、人員補充が必要になってスキルのある人を探したりしている人事担当者などから、ある日突然連絡が入ることがあるからだ。

『ハリウッド・コン・クイーン』の加害者は、この映画業界特有のシステムを知っていて、ハリウッドの大物プロデューサーたちの名を語り、何年も前から、何百人もの人々をターゲットにして、完全なる遠隔で詐欺を働いた。

加害者から連絡を受けた人々は、昼夜問わず様々な指示を言い渡された。格闘のレッスンを受けること、インドネシアに行って作品を作ってくること、日に何本も指定の映画を観ること、オンラインで演技してみせることなど。辱めを受け、精神的負担もかけられ、度重なる移動にかかる金銭的な負担も強いられた。それでも大きな仕事を任せてもらえるかもしれないという期待が、彼/彼女らの判断を鈍らせてしまった。

▲写真 被害者のひとりウィル・ストラスマン(映画製作者) 画像提供:Apple TV+ 

■ 加害者が求めていたものとは

本ドキュメンタリーは、この一連の事件を初めて取り上げた米ハリウッド・リポーターのスコット・C・ジョンソン記者による『The Con Queen of Hollywood:The Hunt for an Evil Genius』という著書が元になって構成されており、ジョンソン記者自らが加害者に接触し、その素顔を暴いていく様子も映されている。

▲写真 米ハリウッド・リポーターのスコット・C・ジョンソン記者 画像提供:Apple TV+ 

加害者はジョンソン記者の精神をも破壊しようと働きかけてくる。日に何度も連絡をよこし、会話の主導権を握って質問の答えを先延ばしにする。目を見開いて罵倒したり、自分に陶酔して饒舌になったり、自分は被害者だと涙を流したりする。その姿は、舞台上の俳優さながら。犯罪を暴かれ反省するどころか、自分のことを心置きなく語る場が与えられたこと、注目されることを喜んでいるのは明白であり、とても生き生きしているのだ。

筆者が最も恐ろしいと感じたのは、加害者が、人の心を支配できると確信したときに眼に宿る光だった。相手に罪悪感を持たせたり、判断力を鈍らせたりできるチャンスが到来したと感じた瞬間に語り口調が代わり、自分がいかに可哀想かを語る。だが、目だけは喜びで爛々と輝いているのだ。こういった人をサイコパスと呼ぶのか、と背筋が凍る思いがした。

このドキュメンタリーで語られることは、映画さながらで非現実的だと感じられるかもしれない。だが、テクノロジーの発展とSNSの普及により、才能を開花させるチャンスが増え、それを世界に発信できる環境が整っている今、このような詐欺は多くの人にとって身近になってきているのではないだろうか。

日本でも、SNSに作品を載せている学生が編集者を語る人物から突然連絡をもらったケースを耳にしたことがある。ライターをしている筆者のもとにも、SNS経由で面識のない人から仕事のオファーがくる。決して対岸の火事ではないのだ。

注意喚起という意味でも『ハリウッド・コン・クイーン』をみて欲しい。

▲写真 米ハリウッド・リポーターのスコット・C・ジョンソン記者 画像提供:Apple TV+ 

▲動画 YouTubeより Apple TV+「ハリウッド・コン・クイーン ~前代未聞の詐欺事件~」 

Apple TV+にて好評配信中! 

トップ図:Apple TV+「ハリウッド・コン・クイーン ~前代未聞の詐欺事件~」画像提供:Apple TV+ 




この記事を書いた人
中川真知子ライター・インタビュアー

1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。

中川真知子

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