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スポーツ  投稿日:2025/11/4

大谷翔平、山本由伸の大活躍が浮き彫りにした“ドル箱“ワールドシリーズ 「スポーツビジネス世界一決定戦」の全容


松永裕司(Forbes Official Columnist)

【まとめ】

・ドジャースがブルージェイズを破り連覇、日本選手の活躍で日本も熱狂。

・WSはオーナーが1試合で数十億円を得る巨大ビジネスで、長期戦ほど儲かる構造。

・MLBは国際展開とカルチャー戦略で「体験型ビジネス」へ進化した。

 

 

たまげた、腰を抜かした…その連続の試合、シリーズだった。

 

3月18日、ロサンゼルス・ドジャース対シカゴ・カブスの日本開幕戦でスタートした2025年のメジャーリーグベースボール(MLB)は1日(日本時間2日)、カナダ・トロントのロジャーズ・センターで行われたワールドシリーズ第7戦でナショナル・リーグの王者ドジャースがアメリカン・リーグを制したトロント・ブルージェイズを5対4で破り、2年連続で世界一戴冠を成し遂げ、幕を閉じた。シリーズMVPに輝いた山本由伸を始め、大谷翔平、佐々木朗希と日本出身3選手の活躍もあり、日本列島全土も「沸いた」として良い。

 

ワールドシリーズ(WS)は、選手がキャリアのすべてを賭け、輝くチャンピオンリングを追い求めるスポーツ界における世界最大の舞台のひとつ。だが、「14金製」のリングを追うその熱い戦いが繰り広げられたフィールドの裏側で、リーグ、そしてオーナーたちの間では、まさに金を掘り続け、もうひとつの「世界一決定戦」が演じられていた。

 

WSの収益構造を分析すると、チームオーナーは、7試合に及ぶWSの開催だけで、チケット、飲食、スイートルーム、駐車場などなどを合計し、約1億2500万ドルから1億5000万ドル(約187億〜225億円)もの利益を手にするとされる(GoodStorySports参照)。

 

ドジャースとブルージェイズの激突は、この巨大な収益エンジンが、アメリカ単一市場向けというイベントから「グローバル・ショーケース」へと変貌を遂げつつある転換点として記憶されるかもしれない。

 

MLB球団オーナーは「第7戦」を熱望

WSのビジネスモデルも「チケット収入」がエンジンとなっている。だが、その収益分配は、少し特殊な構造を成している。

 

ポストシーズン(PS)全体のチケット収入から、まずリーグが15%を徴収。WSの「最初の4試合」に限れば、リーグが15%を受け取り、51%が「選手プール」(PSに進出した全チームに分配されるボーナス)に充当され、その残りそれぞれ17%が球団オーナーのポケットに入る。しかし、シリーズがもつれ「第5戦、6戦、7戦」に突入した瞬間、その計算式は一変。終盤の試合では、選手プールへの分配金が実はゼロになる。リーグへの分配金15%を支払った後、チケット収益の85%が、すべてオーナーの懐に入る。つまり球団オーナーにとって、短期決戦よりも「7試合」の死闘を期待する経済的理由がつきまとう。プロ野球の日本シリーズも似た構造を持つが、違いは終盤の試合ほど、日本野球機構(NPB)が潤うという点。オーナーの懐が潤う仕組みにはなっていない。

 

2024年のデータに基づき試算しよう。スタジアムの収容人数を4万5000人、チケットの平均価格を1,500ドル(約22万5000円)と設定。この場合、1試合あたりのチケット総収入は約6700万ドル(約100億5000万円)となる。ホームで4試合(例えば第1戦、2戦、6戦、7戦:つまり本シリーズのブルージェイズのケース)が開催された場合、オーナーにとって序盤の2試合と終盤の2試合で手にする利益は天と地ほどの差が生じる。オーナーたちは終盤となると1試合あたり5700万ドル(約85億円)以上を得、7試合を戦い抜いた際は、終盤3試合のチケット収入だけで1.7億ドル(約256億円)を超える。WS総計では2.8億ドル(約420億円)にのぼる。

 

スタジアムではもちろんチケット以外にも莫大な利益を生み出すエコシステムが完成している。まずは飲食。ファンはWSの熱狂の中で、1人あたり平均70〜80ドル(約1万500円〜1万2000円)を飲食に費やす。ビールやスナックの利益率は70〜90%と極めて高く、1試合あたり150万〜200万ドル(約2億2500万〜3億円)の「純利益」が生まれる。次に近年、日本でも取り組みが進んでいるスイートルーム。1室1万ドルから2万5000ドル(約150万〜375万円)で販売されるスイート席は、1試合で数100万ドルの収益を生む高付加価値商品。また日本では見られない収入が、駐車場代。1台あたり50〜100ドル(約7500円〜1万5000円)という高額な駐車料金は、ほぼすべてが球団の利益となり、ホーム4試合で400万〜600万ドル(約6億〜9億円)の収益が見込まれる。もちろんこれに、グッズなどの物販収入が積み上げられる。

 

これらすべての追加収益を合算すると、各チームオーナーが手にするWSでの「純利益」は、1億3500万ドルから1億6000万ドル(約203億5000万〜240億円)に達する試算となる。

 

もちろん選手たちも恩恵に預かってはいる。2024年の選手プール総額は史上最高の1億2910万ドル(約193億6500万円)に達した。これを分配した結果、世界王者(ドジャース)の選手が受け取った「フルシェア(満額分配金)」は1人あたり約47万7000ドル(約7155万円)。敗れたチーム(ヤンキース)でも約35万4000ドル(約5310万円)。しかし、オーナーが手にする1億6000万ドル(約240億円)という桁外れの利益と比較すれば、「たかが選手」と言わんばかりのレベル。WSの経済的主役が誰かは明らかだ。ちなみに、ここには放映権が含まれていない点、付け加えておきたい。

 

ドジャースが示した「グローバル・ショーケース」戦略

こうしたコンベンショナルな収益構造の上に、25年のドジャースはWSを「国際戦略」の収穫期として位置づけ新しいビジネスモデルを構築したのではないだろうか。

 

『SponsorUnited』のレポートによれば、ドジャースは今季、北米プロスポーツ史上初となる年間スポンサーシップ収益2億ドル(約300億円)を突破する見込みという。この驚異的な数字を牽引したのは、大谷、山本、そして佐々木というスターの存在によって開かれた「日本市場」。

 

ドジャースは今季だけで、JTB、伊藤園、八海山、二階堂酒造、東映アニメーション、東京エレクトロンといった名だたる日本企業6社と新たに契約を締結。「日本企業が広告を買った」という単純な話ではなく、日本開幕戦に大谷、山本、佐々木という戦略的アセットを活用、ロサンゼルスに次ぐ「第2のホームマーケット」を日本に創出した。

 

ドジャースは日本開幕時、アーティストの村上隆氏とMLB、Complexによるコラボ・カプセルを発表し、東京でのポップアップストアを展開。日本開幕戦グッズの中では、ナガノ氏による「ちいかわ」とのコラボ・グッズが、コンベンショナルなグッズに先んじて、軒並みソールドアウト。「ドジャース+ハローキティ」のコラボ・グッズもプレミアがつくほどの人気となっている。また虎ノ門ヒルズで開催されたドジャース展も記憶に新しいところだ。つまりドジャースは開幕戦の時点で、「スポーツ」と「カルチャー」と「日本」を連動させる布石を打っていたと捉えるべきだろう。

 

3月に東京で撒いた種を、10月のWSという世界最大の舞台で刈り取る……。ロサンゼルスを訪れる日本人観光客の80%はドジャースタジアムに足を運ぶというデータもあり、そのPSメニューには「カツ丼」さえ登場。ドジャースは「大谷効果」を、ダイヤモンド上の勝利だけでなく、グローバルなスポンサーシップとローカライズされたスタジアム体験へと転換、WSを「世界へのショーケース」として最大限に活用した。

 

ブルージェイズが示した「カルチャー・アズ・コマース」

一方、対戦相手ブルージェイズは、ドジャースとは対照的なアプローチでWSのビジネス価値を最大化。その戦略は「カルチャー・アズ・コマース(文化=購買)」と呼ばれる。

 

ブルージェイズは、トロント出身のシンガーソングライターで世界的スーパースター「ザ・ウィークエンド(XO)」との限定コラボカプセルの発表。これは、従来の「チームロゴ入り記念グッズ」とは一線を画し、ファンは「ブルージェイズのファンだから着る」のではなく、「ザ・ウィークエンドとのコラボ、デザインがクールだから着る」という動機で購買。スポーツブランドが、ファッションや音楽といった「カルチャー」領域へと越境、新たな顧客層を獲得する戦略だ。このコラボが成功した背景には、FanaticsとMLBショップという強力なeコマース・インフラの存在があった。発表と同時に、商品は世界中のファンの元へ届けられる体制が整っていた。

 

さらにブルージェイズは、オーナー企業である通信大手ロジャーズによる「#BringItHomeJays」キャンペーンを展開。ホームゲーム毎に500枚の無料チケットを配布するという大胆な施策を打った。これによりSNSでのUGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)を爆発的に増加させ、熱狂を可視化すると同時に、無料チケットの応募者情報をCRM(顧客管理)データベースに蓄積。「無償戦略」を用い、短期的な熱狂を将来の顧客リストへと転換する、高度なマーケティング戦略をとった。

 

MLBが仕掛けた「体験と瞬間」インフラの進化

新戦略の展開はチームのみ止まらない。MLB自体も、スポンサーシップとコマースというビジネス・インフラを進化させた。

 

WSの冠スポンサー「Capital One」は、カード会員限定とし、グランド上での打撃練習見学というVIP体験を提供。長年にわたるスポンサーである「マスターカード」は、「がん撲滅に立ち上がれ(SU2C)」というチャリティをパワーアップ。

第2戦では米ニュージャージー出身の人気グループ、ジョナス・ブラザーズによる「I Can’t Lose(負けられない)」のパフォーマンスにより、寄付と支援の拡大を成功させた。つまり、これまでスポンサーシップの価値とされてきた「広告によるメディア露出」は、「そのブランドでしか得られない特別な体験」へとシフト、そのショーケースを示した形だ。いまだに「スポンサーに看板を売ってナンボ」の商売にとどまる傾向の強い日本市場とは一線を画している。

 

米トレーディングカード・メーカーの「Topps」は、リアルタイム・コマース「Topps NOW」を展開。試合中のホームランやファインプレーといった決定的瞬間を、わずか数時間以内に記念トレーディングカードとしてオンライン販売。ファンの「今、この瞬間に欲しい」という感情が冷めやらぬうちに商品化。「瞬間」をカネに変える技術により、SNS時代のコマースを再構築して見せた。

 

さらにリーグは「See Now, Buy Now」というNew Era、’47 Brand、そしてFanaticsといったライセンス企業と強固なサプライチェーンを構築。「今、観て、今、買え」とフレーズ通りWSロゴが付いた帽子、限定デザインのTシャツなどを試合終了と同時に販売、世界中に発送されるロジスティクスが、今日のスポーツビジネスのもっとも重要なインフラであると証明した。

 

ワールドシリーズが描く「将来のスポーツビジネス」、熱狂に隠された新記録とは……

今季のWSは、スポーツ・ビジネスの将来を明確にした。スタジアムは単なる「観戦ベニュー」ではなく、最新のサイネージ、工夫を凝らした飲食、優越感を煽るスイートルーム、コレクター向けグッズなどあらゆるサービスを通じ五感で試合を楽しむ、高利益率の消費を行う体験型「メディア」へと進化。ファンベースにおいては、米国内にとどまらず日本やカナダという「グローバル・コミュニティ」へと拡張させた。

 

ドジャースは、日本戦略において、国境を越えた「第2のホームマーケット」の構築が可能だと示した。また、物販においては、Topps NOWやザ・ウィークエンドとのコラボのように、ファンの熱量をいかに刺激し、即座にマネタイズするか……「瞬間」と「カルチャー」を捉える重要性を形にして見せた。

 

WSは、選手が世界一を勝ち取るステージであると同時に、オーナーが1億6000万ドル(約240億円)を稼ぎ、ブランドは世界戦略を試す……もっとも過酷で収益性の高い「ビジネスの世界一決定戦」となった。そのバランスシートを読み解けば、スポーツ界の将来のビジネスが見えてくる。日本では、プロ野球1球団のシーズンを通した売り上げ規模が350億円程度(放映権を含む)とされる。日本はこのまま米スポーツ・ビジネス界の背中が遠くなるのを眺めているだけなのか、それとも追いつく創意工夫を凝らすことができるのか……。

 

25年のWSは数々の記録を生んだ名シリーズとなった。

 

ドジャースは球団史上初の連覇を達成。21世紀において連覇を達成した初めての球団となった。第3戦の試合時間、6時間39分はWS史上2番目となる死闘。

この試合で大谷は、

・単一PSで3度のマルチ本塁打は史上初
・1試合4長打:WS史上119年ぶり2人目
・1試合5四球:WS新記録
・1試合4敬遠:PS新記録
・1試合9出塁:PS新記録
・WSで1試合12塁打:球団新記録

と数々の記録を樹立。山本のPS2試合連続完投は2001年のカート・シリング以来、WS3勝もランディ・ジョンソン以来。勝敗を決定づけた第7戦、決勝弾となったウィル・スミスの延長11回の一発は、WS史上初となる第7戦延長決勝ホームランに。

 

ブルージェイズ側もアーニー・クレメンテがPSで30安打を達成。PSにおける史上最多安打記録を樹立。第1戦、アディソン・バージャーによる代打満塁ホームランは、WS史上初。第5戦ではトレイ・イーサベッジが12奪三振。これは新人投手によるWS最多奪三振新記録。

 

しかし、数々の記録を打ち立てた熱戦の裏で達成されたもっとも驚くべき記録は現時点で公表されていないものの、リーグ、オーナーたちビジネスサイドが稼ぎ出した最高収益だったかもしれない。

 

 

トップ写真:World Series – Los Angeles Dodgers v Toronto Blue Jays – Game Seven

出典:Gregory Shamus/Getty Images




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