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.社会  投稿日:2026/2/11

日本と日本人


牛島信(弁護士)

【まとめ】

夏目漱石『心』に描かれた先生の自殺を手がかりに、近代日本文学における自死とその意味を振り返っている。

・芥川・三島・戦時の青年将校らの言葉を通じて、「日本」や「時代」と個人の生死との関係が重ねて考えられる。

・筆者は、生も死も人の意思を超えた天命であり、それをどう受け止めるかが生の課題だと考える。

 

「何処からも切り離されて世の中にたった一人すんでいるような気がした。」

「Kが私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に処決したのではなかろうか。」

「私はただ人間の罪というものを深く感じたのです。」

「自分で自分を殺すべきだという考えが起こります。」

Kという文字からもお気づきのとおり、上に掲げた文章はいずれも漱石の『心』からの引用である。

そして、先生は「明治の精神に殉死」する。先生は明治天皇が崩御されたと知ると、「最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後に生き残っているのは畢竟時勢遅れだという感じが烈しく私の胸を打ちました。」と考える。

先生が自殺する決心をしたのは、「乃木大将の死ぬ前に書き残して行ったもの」を読んでから2、3日後である。10日ほどかけて遺書を書いて、自死する。

 

私は、一時、毎晩のように『心』の朗読を聴いていた。といっても直ぐに寝入ってしまうから長い時間を聴いていたわけではない。それでもこのあたりかと見当をつけて次を始めるから、全体を何回もなんかいも聴いたことになる。

最近は『門』になっていた。

それが、どうしてだったか、またつい最近『心』を聴いたのだ。

で、上述の引用が私のこころに刻まれたのだ。もちろん本で確認している。

 

「私に乃木さんの死んだ理由が能く解らないように、貴方にも私の自殺する訳が明らかに吞み込めないかもしれませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。あるいは個人の有って生まれた性格の相違といった方が確かかも知れません。」と先生は遺書に書いている。

ここで私は、芥川龍之介が、「僕は何ごとも正直に書かなければならぬ義務を持つてゐる。(僕は僕の将来に対するぼんやりした不安も解剖した。それは僕の「阿呆の一生」の中に大体は尽してゐるつもりである。唯僕に対する社会的条件、――僕の上に影を投げた封建時代のことだけは故意にその中にも書かなかつた。なぜ又故意に書かなかつたと言へば、我々人間は今日でも多少は封建時代の影の中にゐるからである。僕はそこにある舞台の外に背景や照明や登場人物の――大抵は僕の所作を書かうとした。のみならず社会的条件などはその社会的条件の中にゐる僕自身に判然とわかるかどうかも疑はない訣には行かないであらう。)――」と書いていたのを思い出す。例の「何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である」という言葉である。

私は今回、漱石の『心』の上記自殺する訳についての引用部分を読んで、ああ、それで芥川は自分が自殺する理由を明確に書くことを義務に感じたのかと納得する。もちろん芥川は『心』をなんども読んでいたろうと思うからである。

 

さて。

そういえば江藤淳も自殺していたなと思う。そうか、三島由紀夫こそ自殺もいいところだと思い出す。そして、その話を石原さんにしたときの反発、「うるさい。死にたくなったら俺は頭から石油をかぶって死ぬよ」を思い出す。

私は、三島由紀夫は日本のために死んだのだろうと理解している。戦後の日本が自らの大切にしている日本から隔絶したものになっていってしまっていることへの、日本人への覚醒への願いだったのだろう、と。

 

こんなことを考えるのは、私が今日ゲラを見終えた『日本買収――団塊の天命』(仮題)のなかに、吉田満の『戦艦大和ノ最後』の一部を借りたからだろう。80年前、日本のためと信じて死んだ21歳7か月の青年将校、臼淵磐の日本についての心からの叫び、「私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた」という言葉が、私には現在の日本と重なってならないのだ。

 

それにしても。

人は生まれ、死ぬ。

その間が長い者も短い者も、それぞれの天命を生きる。天命のない者はいない。それは、人が自らの意志でこの世に生まれ出ることが絶対にないからである。自分ではないなにかが、自分という人間に命を与えたことだけは確かだからである。

それを途中で自ら打ち切る?

いや、それも天命なのだろうと、76歳まで生きて来た私は考える。短かろうと長かろうと、自死であろうとなかろうと、それが天命なのだと。

 

私は、日本に、日本人として生まれた。

自分の天命はなになのだろうと、わかろうはずもない問いを自らに課す。一度限りの人生だからである。

自分の死の瞬間に自分の死を見つめると言い切った石原さんは、自らの死を凝視することができたのだろうか。

私は、一瞬にせよ、ああこれが死かという感慨を抱いたに違いないと思っている。

 

トップ写真)日本の作家で国家主義者である三島由紀夫(1969年)

出典)Bernard Krishner/Pix/Michael Ochs Archives/Getty Images




この記事を書いた人
牛島信弁護士

1949年:宮崎県生まれ東京大学法学部卒業後、検事(東京地方検察庁他)を経て 弁護士(都内渉外法律事務所にて外資関係を中心とするビジネス・ロー業務に従事) 1985年~:牛島法律事務所開設 2002年9月:牛島総合法律事務所に名称変更、現在、同事務所代表弁護士、弁護士・外国弁護士56名(内2名が外国弁護士)


〈専門分野〉企業合併・買収、親子上場の解消、少数株主(非上場会社を含む)一般企業法務、会社・代表訴訟、ガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、保険、知的財産関係等。


牛島総合法律事務所 URL: https://www.ushijima-law.gr.jp/


「少数株主」 https://www.gentosha.co.jp/book/b12134.html



 

牛島信

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