岸田新政権へのアメリカの反応は その1 中国への政策の曖昧さ
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・アメリカは岸田新政権の中国への対応に注目している。
・ 安倍路線を継承し、クアッドを重視する岸田首相の姿勢はアメリカ側も歓迎している。
・ 一方でワシントンでの岸田氏自身の知名度は未だ低い。
岸田文雄新総理の下に新しい政権がスタートした。さてこの日本の新政権を同盟国のアメリカはどうみるのか。ワシントンの各界の関係者たちに意見を尋ねてみた。
「岸田文雄首相は経済政策が曖昧でスローガン倒れの観がある。それ以上に中国への政策が曖昧だ。『中国との安定した関係』とはなにを意味するのか」
ワシントンの日米関係に詳しい識者たちに岸田新首相への評価を問うと、経済戦略研究所(ESI)所長のクライド・プレストウィッツ氏からはこんな答えが返ってきた。
プレストウィッツ氏は1980年代のレーガン政権では商務長官の特別顧問として日本との通商交渉にあたり、タフ・ネゴシエイターとして知られた。日本の官僚と政治家の関係にも詳しい日本研究の長老である。
プレストウィッツ氏がとくに批判をにじませて強調したのは岸田氏の中国への姿勢に対する疑念だった。プレストウィッツ氏自身、近年は中国や米中関係の著書も出している。
ワシントンではやはり中国への懸念が強い。だから日本の新政権でもその外交政策はどうかとなると、まず中国への姿勢のいかんを問うのは自然だといえよう。
だが岸田政権の登場自体へのアメリカ側の反応となると、わりに平穏、自然体とも呼べる感じである。この反応はバイデン政権が今年10月4日に出した公式声明にも集約されていた。
「バイデン大統領は岸田首相の選出に祝意を送る。日米首脳はこの機に改めてインド太平洋と世界の平和、安全、安定の礎石である米日同盟の強固さを確認する。クアッド(日米豪印4ヵ国の対話)を含む自由で開かれたインド太平洋への共通の構想推進での米日両国が果たす決定的な役割を考えてバイデン大統領はとくに今後の長い年月での対日関係の強化を期待している」
当然、予測された建前のような紋切り型のホワイトハウスからの声明ではある。だがその語句は現状の維持と継続というアメリカ側の岸田新首相への期待を素直に表明したといえる。
このへんの事情をプレストウィッツ氏は次のように解説した。
「ワシントンの専門的な考察者たちはバイデン政権のアジア政策担当官も含めて岸田政権を安倍晋三政権路線の継続とみる感じだ。とくに岸田氏のクアッドの重要性の強調を歓迎している」
▲写真 菅義偉前首相、バイデン米大統領らが参加したクアッドでの会議の様子(2021年3月12日) 出典:Photo by Alex Wong/Getty Images
クアッドは確かに中国の膨張への抑止の意図を込めた安倍晋三氏の創意から始まったといえる。岸田新首相はその重要性を力説した。同時に安倍政権の最大主眼だった日米同盟の強化も岸田首相は再三、繰り返しているから、アメリカにとっての基本的な安堵感はあるようだ。
ただしワシントンでの岸田文雄という日本の政治家の知名度は高くない。
岸田氏は安倍政権で2012年12月から4年8ヵ月も外務大臣を務めた。だからアメリカ側の政府関係者との顔合わせも多かった。だがそのわりに知られていないのだ。
私自身、今回の岸田氏の首相への道が確実となってから、複数のアメリカ側関係者から「岸田氏には会ったことはあるのだが、どんな政治指導者なのか」と質問された。ある程度は知っていても、どんな人物か知っている米側の人が少ないのである。
確かに岸田氏が外相としてなにをなしとげたかというと、本人でさえ「オバマ大統領の広島訪問と韓国外相との慰安婦問題合意」をあげる程度である。いずれも実質ある外交の大きな成果とはいいがたい。
要するに現在のアメリカ側にとっても岸田文雄という人物は希薄な存在だといわざるをえないのだ。
(その2につづく。全5回)
**この報告は月刊雑誌『正論』の2021年12月号に掲載された古森義久氏の論文の転載です。
トップ写真:記者会見に臨む岸田首相(2021年10月4日) 出典:Photo by Toru Hanai – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。