トランプ妄言「私の〝指示〟で投資する」日本はアメリカの属国ではない

樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)
【まとめ】
・関税をめぐる日米交渉が合意に達した。
・トランプ大統領はSNSに、「日本は、私の支持で、米国に投資をするだろう」と、属国扱いのような投稿をした。
・今回の合意によって、石破首相が参院選敗北後、続投する理由の一つが失われたが、首相はいぜん、居座る姿勢を見せている。
■「利益の90%はアメリカ」
日米交渉の合意については、内外のメディアがすでに詳細を報じているので、繰り返しは避ける。
日本との交渉停滞に焦りを見せていたと伝えられるトランプ大統領は日本時間23日朝、ホワイトハウスでのイベントの席上、「いま日本と歴史上最大の貿易合意に署名してきた」と上機嫌で語った。
同時刻に行われたSNSへの投稿では、「日本は、私の指示で、5500億ドルにのぼる対米投資を行う。その利益の90%はアメリカが得る。日本は自動車、コメやほかの農産物で(市場を)開放する」と自賛、あたかも日本の監督者のような書きぶりだった。
「私の指示で」(at my direction)。辞書を見ると、「direction」 とは、「方向」などのほか「指示」「指揮」などという日本語訳がほとんどだ。
「要請」、「依頼」などの意味合いがあるならまだしも、これでは、日本政府がアメリカ大統領の支配下におかれているという印象を与える
合意は双方が知恵を出し合った結果であって、日本にとどまらず、どの国もアメリカ大統領の「指示」に従うことなどありえない。
無責任な放言はトランプ氏の性癖であり、いちいち目くじらを立てる必要はない、などという見方もあるかもしれない。そういうものでもないだろう。
トランプ氏が再選目指して選挙運動中だった2024年8月、東日本大震災での福島第一原発の事故に関して「3000年は人が戻ることはできない」という〝フェイク〟をまき散らしたことがあったが、日本政府は、当時氏が民間人であったこともあって放置した。
しかし、現在氏は合衆国大統領、超大国の指導者だ。日米協議の行方は各国が注視していただけに、「日本はトランプの〝指示〟を受け入れた」という誤解を受けかねない。
日本政府には善処してほしいが、いまのところ、当局、メディアに問題視する動きは見られない。
■ 石破首相は、なお続投に意欲
日米交渉の合意は日本の政局にも影響をもたらす。
石破首相は今回の合意を受けて、「守るべきものは守った。日米の国益に一致する形での合意が実現した」と安堵した表情を見せた。
自らの進退については、「(交渉に当たった)赤沢亮正経済再生担当相が帰国してから詳細な報告を受ける。実行するにあたってアメリカ政府は必要な措置をとっていくことになる。そのあたりをよく精査していきたい」と述べるにとどめ、正面からの答えを避けた。
首相は参院選投開票翌日、21日の記者会見で、続投の理由について、トランプ関税交渉、物価高対策。防災対策など当面の課題を挙げ「政治に一刻の停滞も許されない。国家国民への責任を果たしたい」と説明していた。
自民党内では、早期退陣を求める声が選挙直後からでているが、一方で、「首相も続投が無理なことは承知のはず。関税交渉の目鼻がつくまでは、非難を浴びても辞めるとはいえなかったのではないか」(閣僚経験者)など、苦しい胸の内を推し量る向きも少なくなかった。
その忖度が正しいとすれば、大きな障害の一つが取り除かれた今、退陣表明の機会はひろがったことになる。
実際に首相が辞任表明すれば、非難に耐えたことへの同情は強まるだろうが、強気に居座りを決め込むなら、石破おろしは激しさを増す。
退陣の場合、参院の議長選出などを行うために8月1日に予定される臨時国会以降とみられている。国会を乗り切ったうえで辞任すれば、野党の協力が得やすい総裁を選出する時間的な余裕が生じる。
首相は23日、首相経験者と会談した後、「私の進退についての話はなかった。一部に(近く退陣の)報道があるが、私はそういうことは言っていない」と強い調子で、重ねて続投の意向を示した。
首相は土壇場まで去就を明らかにするのを避けると予想されるが、はっきりしているのは、新しい自民党総裁が選出されても、内閣総理大臣に指名される保証はないということだろう。
トップ写真)ホワイトハウスでのトランプ大統領 出典)GettyImages/ Chip Somodevilla
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この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長
昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

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