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.国際,ビジネス  投稿日:2015/4/9

[岩田太郎]【「空飛ぶワンオペ」がやってくる】~航空安全議論をコスト減にすり替え~


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

執筆記事プロフィール

フランス南東部のアルプス山中にA320機を計画的・意図的に墜落させ、149人の乗客・乗員を道連れにした、ドイツ格安航空会社ジャーマンウィングスのアンドレアス・ルビッツ副操縦士(享年27)の行動は、そうした事件の再発をいかに防ぐかという航空安全議論を燃え上がらせた。

米『ニューヨーク・タイムズ』紙は4月6日付の記事で、「予測不可能な行動をとる可能性のある人間に頼らず、操縦ソフトや地上管制からの遠隔操作でヒューマンエラーや故意の墜落を防ぐ研究が進んでいる」と伝えた。

高度なセンサー技術、コンピューターの計算能力向上や人工知能などが、操縦室内のパイロットの必要性を低減させているため、米航空宇宙局(NASA)や米国防省は旅客機や貨物機の副操縦士が将来的に必要なくなると考えている。副操縦士を削減し、機長のみが乗務する12以上の便で同時に、地上管制の一人の遠隔操作士が副機長役を務めるのだという。

機長が意識を失ったり、機がハイジャックされたり、ルビッツ容疑者のような人物が機の操縦を奪った場合でも、遠隔操作士がコントロール優先権を行使して、無事に当該機を着陸させられるという。まさに、「空飛ぶワンオペ」である。安全性を高めると同時に、副操縦士を大幅削減できるという触れ込みで、航空会社にとっては垂涎ものだ。

元米海軍のF-18パイロットで、国防省が進める自動操縦化プロジェクト研究員のメアリー・カミングス氏は、「機長のみが操縦する航空機を、遠隔操縦で現在のシステムより安全に運航できるか、という問いに対する答えは『イエス』だ」と同記事で語っている。

NASAが2007年に行った研究では、副操縦士の削減により、世界の民間航空業界は年間3400億ドル(41兆円)を節約できるという。また、NASAは新しい管制ソフトを開発、現在より20%も管制対象機を増やせるシステムをテスト中だ。空の旅の将来は遠からず、役割の重要性が落ちた機長が乗務する遠隔操作機が主役を担うようになる。小型機なら、無人で飛ばすようになるかも知れない。

だが、米航空乗員組合(ALPA)は、「機上のパイロットは自身の目で見て確かめ、(振動などを)感じ、(異臭を)嗅ぎ分け、音を聞くことができる。どれだけ優れたセンサーもかなわない場合がある」と指摘している。これは、現在日本で進行中の無人ガソリンスタンド増設案にも通じる。スタンドが火事の際、誰が消火をするのか。においや人の叫びや振動は、機械に正確に判断できない場合がある。

また、コントロール優先権を伴う遠隔操作がサイバー攻撃を受け、乗っ取られたらどうするのか。ハッカーやテロリストが、数十機を同時に墜落させ、目標に突っ込ませることが可能になり、かえって危険が増す。また、無線操縦が誤動作した場合の対策が、「名ばかり機長」に務まるか。安全問題の解決どころか、問題を増やす。

機械やソフトがヒューマンエラーを減らすというが、ソフトを書くのも人、運用するのも人、機械の設計や手入れも人が行う。人の延長であり、作る人と運用する人の誤りが反映される。機械は安全面で信頼できて、人は信頼できないという二元論は、人減らし・コストカットの口実に過ぎない。ジャーマンウィングス機の事件で盛り上がった安全議論は、早くもコスト削減に奪胎換骨された。

ルビッツ容疑者の犯行が提起したのは、激務のパイロットが年収400万円程度しかもらえず、いつでも切り捨てられることへの怖れと恨みが、自暴自棄や大量殺人犯を生む土壌だったということだ。

自分の能力が正当に評価され、さらに伸ばすことが期待され、信頼して仕事を任されなければ、社員は本気にならないし、必死の頑張りもしない。人の持てる以上の力を発揮させ、安心と安全を人によって体現するのが本当の経営だ。機械は任務に誇りを覚え、持てる以上の力を発揮することはない。

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