[岩田太郎]【「鉄ちゃん」運転士、故意にカーブ前で速度上げた?】~米・列車事故 続報~
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
米ペンシルベニア州フィラデルフィア近郊で5月12日に発生した全米鉄道旅客輸送公社(アムトラック)の列車脱線事故の死者は8人に増えた。米運輸安全委員会(NTSB)の事故調査は、幼少時から鉄道マニアだったブランドン・ボスティアン運転士(32)が脱線場所の急カーブ前で、故意に制限速度を大幅に上回る加速をしたのかに焦点が移った。もしわざとであれば、3月24日に149人の乗客・乗員を道連れにして、ドイツ格安航空会社ジャーマンウィングス9525便をフランス南東部のアルプス山中に意図的に墜落させたアンドレアス・ルビッツ副操縦士(享年27)による計画的な大量道連れ殺人事件を彷彿とさせる事件になるだろう。
事故列車は制限速度が時速80キロメートルの現場に差し掛かる前の1分間に、速度を時速110キロから時速170キロまで上げたことが判明している。これがボスティアン運転士の手動操作によるものか、別の原因によるものなのかが関心の的だ。運転士や車掌は、減速すべき地点を熟知しているものだという。因みに同運転士は、脱線直前に緊急ブレーキを作動させたが、列車は曲がり切れずに脱線した。
ボスティアン運転士は頭部を15針縫うケガを負い、足も負傷した。彼の弁護士は、「私の顧客は列車を運転していたこと、カーブに差し掛かったこと、そこでスピードを落とそうと意図したことは覚えているが、ブレーキをかけたことは覚えていないと語った」と発表している。携帯電話は、「規則通り、かばんに収納していた」という。
こうしたなか、ボスティアン運転士の私生活に関する情報が明るみに出て、各メディアは競うように報道している。それによると、テネシー州メンフィス郊外で育った彼は幼少時から鉄道マニアであり、「ブランドンの名を聞けば、鉄道が思い浮かぶ」と中学・高校時代の親友が回想するほどだった。大学卒業後の2006年にアムトラックの車掌になって夢を実現し、2010年には運転士に昇格した。
ルビッツ副操縦士のように、「頼り甲斐がある」「賢い」など、友人の話からは良い評判しか聞かれない。注目されるのは、彼に活動家的側面があったことだ。2008年には当時の配属先であるカリフォルニア州の同性愛婚禁止の住民投票に反対の声を公に上げ、同性愛支持の立場でメディアのインタビューなどにも応じている。
さらに、自身の一番の関心事である鉄道の安全について、Trainorders.comやFlyertalk.comなどのウェブの鉄道マニア向けフォーラムに、ハンドルネーム「bwb6df」を使い、活発に投稿していた。2009年には列車運転士の長時間労働が「疲労につながり、重大なミスや脱線転覆、負傷事故につながる恐れがある」と指摘していた。
今回の事故では、事故現場で今年末までに自動列車停止装置(ATS)の導入予定がありながら未設置だったことが問題視されている。ボスティアン運転士は2012年にフォーラムに投稿し、「2008年9月12日にロサンゼルスで発生した通勤列車と貨物列車の衝突事故で25人の死者が出たが、通勤列車側の運転士が携帯メールを打つことに夢中になって赤信号を無視したことが原因だった。だが、この事故は1920年代の原始的な信号式ATS技術があれば、防げた」とし、今回の事故現場にATSがなかったことにもつながる発言をしていた。
2011年にも、「ATSさえ設置されていれば、多くの(死傷)脱線事故は防げたはずだ。だが、そうした対策は実行されていない」と投稿し、鉄道会社が自主的に安全策を強化しない実態を批判していた。日本で2005年に起こった西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線事故も、彼の頭にはあったかもしれない。
現在の時点では事故調査が未完了であり、何も断定はできない。だが、米メディアは列車が脱線直前に速度を上げていたことに注目し、報道を強化している。事故は、彼の「ATS設置を早くしろ」とのメッセージだったのだろうか。調査結果が明らかになることが待たれる。