[神津多可思]【日本経済は新しいフェーズに入るのか?】~非製造業の景況感が改善中~
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
「神津多可思の金融経済を読む」
今や人口に膾炙(かいしゃ)した「アベノミクス」。そのコンセプトが唱えられてから約2年半が経とうとしている。この間、ポジティブな評価、ネガティブな評価、いろいろあった。今、ちょっと落ち着いて全体を眺めてみれば、日本経済の現状は、ベストではないが、2年半前と比べれば明らかに状況は明るいと思う。確かに2年で2%のインフレにはならなかった。原油安という予想外の出来事があったにせよ、物価調整のスピードがこれまでかなりゆっくりだったことは否定できない。しかし、平均的な物価が下落し続けるという状況ではなくなった。
2014年度の経済成長率はマイナスだった。それは消費税増税の影響が予想以上に大きかったからだ。だからと言って景気後退に入ったわけではない。これからの財政再建の山の高さを思えば、ここで頑張って消費税増税をして、何とかその山を乗り越えることができてよかったとも言えるだろう。
今年の4~6月の経済指標は必ずしも良くなかった。金融・財政政策の効果が薄れているとの声もある。しかし、米国の経済成長率が期待したほどは高くならないことや、中国経済が引き続き減速しているという状況では、人口が減少する日本の国内経済だけで力強い成長を遂げるというのはもともと無理がある。
それでも、人手不足もあって賃金は次第に上昇している。消費税増税の山を乗り越えたので、賃金が増えれば消費にも好影響が出るだろう。企業収益も高水準だ。国内の設備投資がなかなか盛り上がらないと言われてきたが、月初に発表された日銀短観では、今年度の設備投資計画は全体で3か月前に比べ1割弱上積みされている。とくに一番早く動くと言われている大企業・製造業では、1年のこの時期としては、かつてないほどの上方修正となっている。
また、非製造業の景況感が改善しているのも足元の特徴の1つだ。とくに中小企業・非製造業は裾野が広く、このセクターに経済環境の好転の影響が及ぶかどうかが景気実感の面からは重要だ。少し長い時系列で、大企業・中堅企業・中小企業を合わせた全産業の短観・業況D.I.の推移をみたのが上図だ。※トップ画像参照
業況判断D.I.とは、現在では1万社を超える短観の対象企業に、全般的な業況に関する判断を聞き、「良い」、「さほど良くない」、「悪い」の3択から選んでもらって、それぞれの回答割合をパーセントで出し、「良い」の割合から「悪い」の割合を引いて求めるインデックスだ。こうした単純な計算による指標だが、景気の動きをビビッドに追うことができる。
まず気が付くのが、バブル崩壊後、非製造業の業況判断D.I.がプラスとなった時期は、リーマンショック前のごく短い期間を除き、ほとんどなかったということだ。景気の状況をみる時に、しばしば使うのは大企業・製造業なのだが、これまで景気拡大局面と言われてもあまり実感がなかったのは、中小企業も含めた非製造業の景況感が改善をしていなかったせいかもしれない。
この2年をみると、全産業・非製造業の業況判断はずっとプラスの領域にある。これはバブル期以降なかったことだ。さらに、製造業と非製造業を比べると、概して、製造業の業況判断D.I.のほうが振幅が大きい。つまり、製造業は非製造業に比べ、景気拡大局面ではより大きく景況感が改善し、景気後退局面ではより大きく悪化する傾向があるということだ。
しかし今回は、非製造業の業況判断D.I.がプラスの局面にあっても、そのレベルは製造業・非製造業ともあまり変わらない。むしろ非製造業の方がちょっと高いくらいだ。これもバブル期以来のことである。
現在、資産バブルが危機的に膨れ上がっているとまではなかなか思えない。そうした中で、中小企業も含めた非製造業の景況感が、バブル崩壊後の時期には観察できなかった形で改善している。そのことは、私たちの日常生活により身近なところでの経済活動の活発化を反映しているのかもしれない。
それを通じて、一人当たりの所得が増加すれば、その分、平均的には生活は上向くはずだ。しかし、そうなっても、労働人口が減少する下では、経済全体としての成長率はそうは高まらないだろう。バブル崩壊後、四半世紀が過ぎ、日本経済は新しいフェーズに入りつつあるのだろうか? 足元の変化の兆しがこれからどう展開していくか、常に新しい目でみていく必要があるように感じている。