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.経済,IT/メディア,ビジネス  投稿日:2015/7/29

【アジアを包括する日本メディア誕生か】~Nikkei Asia ReviewとFTとの連携~


川端隆史東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 共同研究員)

「川端隆史のグローバル時事放談」

執筆記事プロフィール

日経による“Financial Times(FT)”の買収については、国内外から評価する声、懐疑的な声が上げられている。筆者はこれまでの論調とは少し違う視点から、日経によるFTの買収劇について考えたい。

かつてアジア情勢全般をフォローする最適なメディアとしては、“Far Eastern Economic Review(FEER)”があった。1946年に創刊し、2009年まで続いたメディアだ。筆者は大学時代(1995〜99年)に東南アジア研究を専攻しており、FEERが授業の教材として使われる場合や、課題や卒論執筆のときに図書館でバックナンバーを貪るように探した記憶がある。

しかし、インターネット化を背景として、他のメディアと同様にFEERのビジネスは危機に立たされた。2004年にFEERは月刊化し、個々の記事の分析は深めとなったが、扱う書店は激減してしまい、アジア専門家の間での影響力も大きく減退した。そして、2009年12月にはFEERは休刊が決定され、実質上の廃刊となった。その後、現在に至るまで、アジア全体を包括する情報を定期的に英語で発信するメディアはない。更に言えば、中国や韓国、インドあたりはまだしも、東南アジアまでしっかりとカバーするメディアは皆無である。FEERは東南アジア関連の記事の質の高さが目立っていた。

筆者としては、日経がFTとのシナジーを生み、アジア全体をフォローできる情報源としてFEERの代わりになることを期待している。この点で、筆者は2013年11月に創刊した“Nikkei Asia Review(NAR)”に注目している。NARは単なる日経英語版では無く、英語圏の読者を想定したオリジナル記事をメインで構成されている。

聞くところによると、NARは単体として採算はまだ厳しいようだ。ただ、紙面の質は非常に高い。筆者が専門とする東南アジアに関しては、NARの英文記事を執筆するために記者が増員された日経支局もある。しかも、担当記者ははじめから英語で記事を執筆するため、翻訳を介した不自然さも無い。

日経本紙は日本の国内メディアのため、当然のことながら日本の視点が強く出るが、NARはローカルあるいはグローバルの経済・ビジネスという視点から書かれており、本紙とはひと味違った情報や論調で書かれている。また、日経本紙向けに記事を執筆している支局員による記事も翻訳されてNARに掲載される。その翻訳も英語圏読者を想定して、手が加えて工夫がされている。

筆者の知人である欧州在住の外国人投資家や、東南アジア某国の証券取引所関係者も、NARは東南アジア情勢をフォローする上で役に立つ記事が掲載されていると高い評価をしている。

無論、FTもアジアに支局を持ち、独自に情報を発信している。どちらかと言えば、NARが週刊誌的な分析記事やインタビューを得意とする事に対して、FTはストレートニュースが基本だ。こうした2媒体の長所が上手く組み合わされば、相互補完的な媒体となり、FEER廃刊以降長らく不在だったアジアを包括するメディアとなる可能性があるだろう。

一つの媒体をフォローするだけで、アジア全体の動向を大まかにつかめることは、アジア専門家としてはとてもありがたい。多種多様な国があつまるアジアは、特定の国だけをフォローしているだけでは全体を語ることが出来ない。かといって、各国のメディアを全てフォローすることは物理的、時間的に殆ど不可能だ。結果的に、自分がメインで関心を持つ国を中心に据えた見方になりかねない。

日経の経営陣にNARとFTのシナジー効果を生み出そうという方針があるのかはまだ不明だ。ただ、東南アジアを専門とする筆者としては、日本発でアジア情報を包括的にカバーするメディアが誕生する可能性に期待を持って見守りたい。

タグ川端隆史

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