中国の沖縄での秘密工作とは その4 スパイと扇動と
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
【同盟分断】
「米中経済安保調査委員会」の同報告書はそのうえで3戦術の最後の【同盟分断】に触れて、そのなかの主要項目として「沖縄」をあげていた。
注目されるのは、同じ「同盟分断」の章ではアメリカの同盟諸国の国名をあげて、国別の実態を報告しているのに対し、日本の場合は、日本という国名ではなく「沖縄」だけを特記している点だった。中国の日本に対する同盟分断戦術はいまのところ沖縄に集中しているという認識の反映のようなのである。その記述は以下のような趣旨だった。
「中国は日本を日米同盟から離反させ、中国に譲歩させるための戦術として経済的威圧を試みたが、ほとんど成功しなかった。日本へのレアアースの輸出禁止や中国市場での日本製品ボイコットなどは効果をあげず、日本は尖閣諸島問題でも譲歩をせず、逆に他のアジア諸国との安保協力を強め、アメリカからは尖閣防衛への支援の言明を得た」
中国はだから沖縄への工作に対日戦術の重点をおくようになったというわけだ。
「中国軍部はとくに沖縄駐留の米軍が有する遠隔地への兵力投入能力を深刻に懸念しており、その弱体化を多角的な方法で図っている」
沖縄には周知のように米軍の海兵隊の精鋭が駐留している。第3海兵遠征軍と呼ばれる部隊は海兵空陸機動部隊とも称され、空と海の両方から遠隔地での紛争や危機にも対応して、展開できる。多様な軍事作戦任務や地域の安全保障協力活動が可能であり、有事や緊急事態へスピーディーに出動できる。米軍全体でも最も実践的な遠征即応部隊としての自立作戦能力を備えているともいわれる。
まさに中国側からすれば大きな脅威というわけだ。だからその戦力、能力をあらゆる手段を使って削ぐことは中国にとっての重要な戦略目標ということになる。
同報告書は次のようにも述べていた。
「中国は沖縄米軍の弱体化の一端として特定の機関や投資家を使い、沖縄の米軍基地の近くに不動産を購入している」
報告書はこの中国側による沖縄の不動産購入について脚注で「中国工作員が米軍基地近くに米軍関係者居住用のビルを買い、管理して、管理者用のカギで米軍関係者世帯宅に侵入して、軍事機密を盗もうとしている」という日本側の一部で報道された情報を引用していた。
アメリカの政府や議会の報告書では米側独自の秘密情報を公開することはまずないが、一般のマスコミ情報の引用とか確認という形で同種の情報を出すことがよくある。つまり米側の独自の判断でも事実と認めた場合の「引用」となるわけだ。
そして報告書はこんどは引用ではなく、同報告作成者側の自主的な記述としてさらに以下の諸点を述べていた。
「中国は沖縄に米軍の軍事情報を集めるための中国軍の諜報工作員と日本側の米軍基地反対運動をあおるための政治工作員を送りこみ、日米両国の離反を企図している」
「沖縄での中国の諜報工作員たちは米軍基地を常時ひそかに監視して、米軍の軍事活動の詳細をモニターするほか、米軍の自衛隊との連携の実態をも調べている」
「中国の政治工作員は沖縄住民の米軍基地に対する不満や怒りを扇動することに努める。そのために中国側関係者が沖縄の米軍基地反対の集会やデモに実際に参加することもよくある。その結果、沖縄住民の反米感情をあおり、日米同盟への懐疑を強め、日米間の安保協力をこじれさせることを企図している」
同報告書は中国側の沖縄でのこうした動きをはっきりと「スパイ活動(Espionage)」とか「扇動(Agitation)」と呼び、そうした行動が将来も続けられるという見通しを明言していた。このへんはこの記述以上に詳細で具体的な情報こそ示されないものの、明らかにアメリカ当局独自の事実関係把握に基づく報告であり、警告だといえる。
(その5に続く。全5回。毎日午前11時配信予定。本連載は月刊雑誌「正論」2016年9月号からの転載です。その1、その2、その3も合わせてお読み下さい。)
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。