[瀬尾温知]【暴徒化するサポーター問題に一石】~「両サポーターごちゃまぜ作戦」~
瀬尾温知(スポーツライター)
「瀬尾温知のMais um・マイズゥン」(ポルトガル語でOne moreという意味)
サッカーのサポーターが暴徒化する事件が後を絶たない。欧州リーグの決勝トーナメント1回戦で、ローマと対戦したオランダのフェイエノールトのサポーターがローマ市内で暴れ回り、観光名所の「スペイン広場」を損壊するなどして20名以上が逮捕された。
ギリシャでは、パナシナイコス対オリンピアコスのアテネ・ダービーで、サポーターが物を投げ入れたり、グラウンドに乱入したりするなどの暴動が起きた。ギリシャ政府は事態を重く受け止め、リーグ戦を停止にした。ギリシャリーグが暴力問題で停止になるのは今季3回目である。
いずれの暴動もここ2週間以内の出来事になる。拙者が現在取材に訪れているブラジルでは、敵対するチームのサポーターによる抗争で死者が出るなど、スタジアム内外で目に余る暴状が日常化し、奇異なことではなくなってしまっている。
特に同じ都市に本拠地を置くチーム同士の対戦・クラシコとなると、ライバル意識が歪曲していがみ合いとなり、いつも以上に流血沙汰となってしまう。ブラジル南部の都市・ポルトアレグレのインテルとグレミオのライバル意識もただ事ではない。過去の取材で危険に何度か接している。野球ボールほどの大きさの石が頭上に飛んできて、あわや惨事という場面もあった。
スタジアムで観戦したいが、暴力を恐れて足が遠のいている人が多数存在している。そんな人たちにもスタジアムで安心して観戦してもらおうと、ポルトアレグレで、「両サポーターごちゃまぜ」と名付けられたキャンペーンが行われた。
ライバルチームの直接対決の試合で、ホームのインテルサポーター1000人が、それぞれグレミオファンを1人誘ってスタジアムへ行き、隣に座って観戦するという企画だった。
通常は、アウェイチームのサポーターは隔離された席で軍人や警官の護衛のもとでしか観戦することが許されなかったのだから、大きな一歩を踏み出したことになる。
彼氏が彼女と、父が娘と、兄が弟と、友人が友人と、赤と青の違う色のユニホームを着て肩を並べて観戦するという造作ないことが、これまでは強度なライバル意識によって阻害されていた。
初めて息子を伴ってクラシコを観戦した白髪の男性は「試合の結果はどうでもいいんだ。息子とスタジアムで一緒に時を過ごせた。これ以上幸せなことはないよ」と語った。このような喜びの言葉が多く、キャンペーンは大方の賛同を得た。
アウェイだったグレミオは、ホームで開催する次のクラシコで同じ企画を予定している。過激なサポーターに頭を悩ますサンパウロのクラブも、アイデアを取り入れようと動き出しており、ブラジル全土に広がっていきそうな兆候になっている。
ただ、万事が丸く収まったわけではない。アウェイサポーター用の隔離されたエリアに陣取った一部の者は、座席や便器を破壊する蛮行を同時に起こしていた。その賠償金は、蛮行をしでかしたサポーターではなく、不可解なことにアウェイのグレミオが責任を取って支払うことになる。そしてブラジルでは、器物破損や傷害の罪などで逮捕されても、ものの数時間もしないうちに釈放されてしまうのである。
成功したキャンペーンは、これからも繰り返し実施されることだろう。そしていつの日か、スタジアムの全席が「両サポーターごちゃまぜ」となる理想の光景をブラジルで目にする時が訪れるのかもしれない。
70歳を過ぎたブラジルの知人は「昔は暴力なんぞなく、バスに乗って何の心配もなくスタジアムへ行けたもんだ」と追憶する。人は歳を重ねれば懐古するものだが、サッカーへの情熱が暴力に向いていなかった古き良き時代が回帰する在所は、ご老輩の脳裏ではなく、現世こそがふさわしい。