海自P-1哨戒機、事実上の「調達中止」も?高騰コストと低稼働率の現実

清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・P-1哨戒機は当初計画の61機に対し、稼働率の低さや調達・維持費の高騰により調達削減の可能性が高まっている。
・会計検査院は、P-1の稼働率が3割台と低迷している原因として、F7-10エンジンやHAQ-2光波装置など主要機器・武器の不具合、部品調達難、十分な試験不足を指摘。
・海自は無人機MQ-9Bシーガーディアンの導入を開始しており、今後の運用次第では有人哨戒機P-1の調達削減や中止、さらに派生型の電子作戦機開発計画にも影響が及ぶ可能性がある。
防衛省は来年度防衛予算の概算要求で海上自衛隊のP-1哨戒機を1機要求している。P-1は計画では61機が調達される予定だが、稼働率の低さ、調達及び維持費の高騰によって調達数を大幅に削減される可能性がある。
海上幕僚監部は概算要求でP-1一機を473億円の過去最高の単価で要求している。2024年度は2機が848億円、単価424億円であり、約11パーセントの増加である。P-1の調達単価は、計画時は1機約100億円を想定していたが、調達初年度の2008年の調達では157億円であり、来年度要求額はその3倍となっている。
なお2026年度要求では機体の予算の他に、コンポーネントなどの費用で35億円、撤退したベンダーから新しいベンダーを探すなどの費用で3億円の計38億円が要求されている。
問題は調達価格だけではない。1993年の計画開始以来、これまで35機のP-1が調達され、維持費なども含めて総額1.7766兆円が投入されてきた。因みに防衛装備庁が発表している61機のP-1の2054年度までの全ライフ・サイクル・コストは4.0907兆円である。すでに現時点でその43パーセントに達している。
2025年6月に発表された会計検査院のP-1に関する報告書では深刻な低稼働率が指摘され、「稼働率は極めて低調」と述べられている。その原因はエンジン、主要機器や搭載武器に不具合が多発、部品調達の長期化で「共食い整備」が横行、・国産にこだわりリスク評価と試験が不十分だったことなど挙げている。
会計検査院は国防情報に対する配慮として稼働率を公表していないが、海上自衛隊関係者によると3割台である。
会計検査院は、主たる低稼働率の原因は第一にIHIがP-1用に開発したF7-10エンジン、その他具体名を伏せられた搭載電子機器Aの一定数の使用不能、B、C、D及びEの4種類の搭載武器、搭載電子機器Fについて、部隊使用承認後に機体との連接に関して不具合が発生していたと指摘している。AからEまでは防衛省からの要請で仮名となっているが、海上自衛隊関係者によれば搭載電子機器Aは富士通が開発したHAQ-2光波装置(EO/IRポッド)である。以下搭載武器B:AGM-84(ハープーン)、搭載武器C:ASM-1C(空対艦ミサイル)、搭載武器D:97式魚雷または航空機雷、搭載武器E:12式魚雷、搭載電子機器F:HPS-106レーダーである。
特に問題が大きかったのはF7-10エンジンとHAQ-2光波装置であった。これらに関して会計検査院は開発試験中に十分な試験を行わなかったことを指摘している。そして調達開始後10年を経て多額の改修費用をつぎ込んでも稼働率は問題があると指摘している。F7-10エンジンの不具合は低空飛行時多用による塩害対策の不十分が指摘されている。報告書には書かれていないが、海上自衛隊関係者によれば光学電子装置は本来オープンアーキテクチャで、他の製品に取り換えが可能だったが、実際はHAQ-2が専用として開発されており、代用製品への変更も利かなかった。これも問題解消への障害となっていた。
そもそもP-1(当時のPX)の開発は当時防衛大臣だった石破茂総理大臣が「専用国産エンジンの信頼性は低く、コストも高騰する」と頑強に反対したが、内部部局、海上幕僚監部、経済産業省らからの圧力に囲まれて仕方なく許可したいきさつがある。
また米海軍からもP-1の稼働率だけではなく対潜能力の不足も指摘されている。海自関係者によるとアジアでの対潜哨戒共同訓練では米国のみならずインド、オーストラリア、ニュージーランド、英国などもP-1を採用しており、データの共用ができないP-1が該当空域から外されるケースもあるという。更にカナダもP-8を導入する予定であり、この点からもP-1に対する不安がある。
また別な要素も存在する。本年度から海自は海上哨戒のために無人機MQ-9Bシーガーディアンを導入する。10年間で23機を導入する計画で、1機あたりの取得費は約120億円を想定。来年度予算案に取得費の一部を盛り込む。要求は機体4機、地上ステーションなどの経費で770億円をとなっている。
海上自衛隊は現状MQ-9Bの導入にともない有人哨戒機部隊を削減するか表明していない。だが会計検査院の報告書が公開されたことによって、有人哨戒機部隊の削減も十分ありうる。現状海上自衛隊はMQ-9Bは海上哨戒のみに使用されるとされているが、対潜用のパッケージが追加される可能性がある。その場合はP-1の調達削減あるいは中止も十分に可能性がある。筆者は中谷元防衛大臣に会見でP-1の削減について質したが大臣は明言を避けた。
防衛省はP-1の派生型として電子作戦機を開発中である。これは現用のEP-3の後継機で、2023年から開発が始まっており、2033年に開発が終了する予定である。総額は824億円で、来年度は86億円の開発予算が要求されている。
だがP-1の調達が能力、コストの面で妥当ではないと判断されて削減、あるいは調達が停止された場合、この電子作戦機もプラットフォームの変更となる可能性がある。
トップ写真)P-1哨戒機
出典)海上自衛隊ホームページ
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
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