[大原ケイ]【安倍首相スピーチに見える未来予想図】~経済格差の拡大と行政への不信~
大原ケイ(米国在住リテラリー・エージェント)
「アメリカ本音通信」
安倍首相の訪米は“resounding success(目覚ましい大成功)”だったと言えよう。オバマ大統領にとって。さすがはノーベル平和賞を受賞するほどのその手腕である。諸外国には外交音痴、国内共和党のタカ派には腰抜けと思わせ、昨年の中間選挙で大敗、民主党の議席を多く減らしてlame duck(実質的権力を失った時期)となってからのオバマ大統領は、イラク戦争終結、イランの核兵器抑制、キューバとの国交回復、と外交面で確実に成果を上げている。そして今回の安倍首相訪米はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に王手をかけたAsia Pivot(アジア基軸)政策の集大成だ。
オバマ大統領も下手に日本に対しベタベタして見せたら中国や韓国がうるさいとわかっている。今回の訪米でも、国賓として迎えながらも、実際に膝つきあわせたのは、28日ホワイトハウスでの首脳会談と、室内での(いつもはサウスローンに張られた大きな野外テントで400名収容)晩餐会で(その半分の200名がキャパシティー)こぢんまりと済ませた。
翌日の米議会での安倍首相のスピーチも、デリバリーは別として素晴らしい内容だった。オバマ政権にとって。事前に念を入れたチェック体制で安倍の暴言を回避しただけでない。中国系ロビイストに操られたマイク・ホンダ下院議員がかき集めた「戦争責任を謝罪せよ」という公式書簡(とてもアジアの歴史を把握しているとは思えない議員たちが、ホンダ議員とどういう取引をしたのか、20数名の連名で署名していたぼやけた要請書)に負けないぐらいこれまたぼやけた「全戦没者に対する追悼の意」を表明させ、ジョー・バイデン副大統領がそれをバックアップする発言で「ちゃんと謝ってたじゃないか」とフォローする周到さだ。
安倍首相の訪米は「いちおう」アメリカのマスコミでもトップティア枠(新聞で言えば一面記事、テレビニュースで言えば、最初のコマーシャルに入る前の時間帯)の扱いで伝えられた。
だが、一般のアメリカ人の興味関心はそこにはない。時期を同じくして、首都ワシントンから東海岸沿いにわずか60キロほど北上したボルチモアの町で暴動が起き、強奪や放火が伝えられ、州兵が出動し、戒厳令とはいかないまでも門限が敷かれる騒ぎになったからだ。
昨年から全米のあちこちで似たような警察による暴力、つまるところは白人警官が丸腰の黒人を正当な理由なしに射殺・絞殺した事件が相次ぎ(実は今までも起きていたが、携帯電話の録画機能により、表沙汰になる証拠が残りやすくなった)、デモが起きている。そのデモに対し、警察が強硬な態度で、知事が武装した州兵を送り込んだりするのが原因で一部、暴動になった。
実は、安倍首相が首都ワシントンを訪れるタイミングに合わせて、韓国系移民が多く住む近郊ヴァージニア州フェアファックス郡で反日デモが予定されていたが、こうなると東海岸一帯の米マスコミは、取材陣をバルチモアに送り、24時間体制で現地からの中継を続け、トップニュースで伝えざるをえない。慰安婦像の前で日本政府に抗議する支援団体の姿がテレビに映ることは一度もなかった。
バルチモアの事件は、禁止されているタイプのナイフをもって自転車に乗っていたのを見咎められたとされる青年フレディ・グレイが警察の護送車の中で首の骨が折れる事態となり、数日後に死亡したものだ。これに対し、16歳の少年が警察に抗議するデモに石を掴んで参加した様子をテレビで母親に見つかり、こっぴどく叱られていた母子の姿の方が、よっぽど目に付いたことだろう。
地元警察に追従しがちな検察だが、バルチモアの場合は数日のうちに警察官らを殺人罪で起訴したことにより、騒ぎはこれで収束するだろう。銃社会ではないから、人種問題は根深くないからと、日本には関係のない事件と思うかもしれない。だが、そうだろうか。安倍首相が嬉々として米議会で披露した日本の未来図には、バルチモアと同じ経済格差の拡大と行政や警察に対する国民の不信が織り込まれている。