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.国際  投稿日:2015/10/16

[林信吾]【ユダヤ人問題は“いじめの構造”】~ヨーロッパの移民・難民事情 その3~


 林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

執筆記事プロフィールblog

かつて、世界を動かすユダヤ人の陰謀、などといった本が、書店に並んでいたものだ。最近は見かけないが、これはインターネットによって世界中の人が情報を共有できるようになったため、あまり非常識なことは書けなくなった、ということだと思われる。

なにが非常識かと言うと、ポーランドの農民と米国の証券トレーダーが、同じユダヤ教の信者だというだけで、地下で気脈を通じているなどという話は、欧米で大真面目に語ったら、即座にバカ扱いされること、請け合いである。いや、バカ扱いで済めばよいが、差別主義者として糾弾される可能性が高い。ただ、こうした「ユダヤ陰謀説」は、欧米ではかなり昔から流布していた、ということは、知っておく必要があるだろう。

ユダヤ教はもともと、パレスチナの民族宗教であったが、自分たちは神と契約した民族である、という教義をもっていたため、きわめて排他的な文化が育つこととなった。もちろん、だから迫害されても仕方ない、などという理屈は成り立たないのだが、「いじめられる側にも、往々にして原因があるものだ」などという不可思議な議論を開陳する人は、いつの時代にもいるらしい。

紀元20年頃、このユダヤ教の内部で、神と人間との関係性について論争が起き、「神は特定の民族と契約するのではなく、悔い改めた人間が神と契約できるのだ」と説く一派が現れた。実はこれこそが、キリスト教の起源なのである。

その後キリスト教は、ローマに広まって国教の地位を得るまでになり、ヨーロッパ文化の基礎となるのだが、当初ユダヤ人=ユダヤ教徒との対立は、それほど激しいものではなかったようだ。なぜなら、イスラム相手の長く苦しい戦いが続いていたからである。ところが11世紀から12世紀にかけて、ヨーロッパの貨幣経済が発展しはじめると共に、ユダヤ人に対する差別問題が顕在化した。当時のキリスト教会は、貨幣経済に対する理解に乏しく、不労所得を卑しむ教理のみにこだわって、信徒が利子付きで金を貸すことを禁止したのである。

言うまでもないことだが、金融を排除した貨幣経済などあり得ない。一方で、キリスト教会の権威を認めていないユダヤ人は、こうした規制に縛られることもない。この結果、ヨーロッパの金融界をユダヤ人が牛耳る下地が出来上がっていったのである。

その現象の、言わば副作用として、キリスト教徒の間には「ユダヤ人=高利貸し」という、よくないイメージが広まった。さらに度し難いことに、一部の教会はこの偏見を煽り、「キリストを裏切ったユダの子孫がユダヤ人である」といった、今で言う中傷キャンペーンまで流したとされる。

もちろん、全てのユダヤ人が金融業で富を築いたわけではなくて、大半は農民や職人、小商人などであったのだが、一般論として、金融業界で台頭し「成功した、富裕なユダヤ人」が増えたことが、彼らに対する差別感情を助長させるというパラドックスがあったことは否定できない。

さらに度し難いのは、中世ヨーロッパで確立された絶対王政の中で、具体的にはロシアやスペインだが、しばしば(多くの場合、不作や重税のせいで)庶民の生活が困窮するたびに、ユダヤ人を迫害することで不満のはけ口とする政策がとられたことだ。今でも、日本の学校や職場で時折見られる現象だが、誰か一人を「標的」にして、仲間はずれにしたり、いじめたりすることで、団結心を保つというやり方である。

ローマ帝国においては、皇帝の権威や神格化を認めないキリスト教徒は、最初のうち迫害の対象になっていた。有名なコロッセオ(円形競技場)で、ライオンと戦わせる見世物にされたりしたのである。そのキリスト教会が権威を得ると、今度はユダヤ人迫害のお先棒を担いだり、時には迫害に大義名分を与えたりすることまでした。単純な構図ではあるが、根の深い問題である。

(この記事は
【“移民”なくしてロンドンなし】~ヨーロッパの移民・難民事情 その1~
【スポーツと政治と移民問題】~ヨーロッパの移民・難民事情 その2~
のつづきです)

(写真引用:The Israel Defense Forces、Source:Flicker、Author:Israel Defense Forces

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