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.国際,.社会,IT/メディア  投稿日:2015/11/15

[安倍宏行]【何故地上波テレビは海外ニュースを瞬時に伝えないのか?】~ネット時代のテレビの役割~


安倍宏行(Japan In-depth 編集長/ジャーナリスト)

「編集長の眼」

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ネット上にテレビを非難する投稿が飛び交っている。例えばNAVERまとめには、

「おかしいぞ日本のテレビ!」フランス同時多発テロを報道しない在京メディアに各界有識者がいっせい非難

と題し、11月14日午前中、地上波テレビが特番をやっていないことに疑問を呈する人のツイートなどをまとめた。また、インターネットニュース共有サービス“NewsPicks”上のコメント欄にも、テレビに失望した、との投稿が多かった。

こうした批判はここ10年ほど強まってきていると感じる。特に東日本大震災と福島第一原発の事故などの報道ぶりを巡って、既存メディアに対する批判はネット上で加熱した。2011年、震災後当時テレビ局解説委員だった自分は、とあるセミナーで出席者に「テレビは嘘ばかり流している!」と糾弾されたこともあった。

残念な話だが、そうした批判が社会にあることをテレビマンは真摯に受け止めなくてはいけない。しかし、悲しいかな、テレビマンでネット上の情報に精通している人間はごくわずかなために、そうした批判に気づいてすらいないのが実情だ。

さて、今回の批判を見てみると、「国際的な大事件なのに扱いがあまりに小さい。」ということに尽きるのではないか。あのパリが同時多発テロに遭い、129人もの死者がでたのだから、14日の午前中全部いや、その後も報道特番にしたっていいくらいだろう、と考える人がいてもおかしくはない。

しかし、膨大な資金力と取材力を持つNHKはひとまず置いておいて、民放テレビ局にそれを期待するには無理な理由がある。それは:

1取材力が脆弱すぎる

2特番編成が容易ではない

の二つである。

まず、1の「脆弱な取材力」だが、東京キー局の場合、支局は世界主要都市のみ。特派員の数は、大体1~2名だ。全世界で1局20名強くらいしかいないだろう。その人数で、地元の政治・警察関係に直接取材出来るケースはまれだろう。初動は、地元メディアの報道を追いかけるので精いっぱいのはずだ。地元メディア以上に情報を収集し、日本に向けて発信するには一定の時間がかかる。

また、すぐに現場から中継をしたくても、フランス人スタッフ(アシスタントやカメラマン、エンジニアなど)を招集し、さらに東京本社に衛星回線の手配を頼まなくてはならない。これにも時間がかかる。ネット中継は衛星中継より簡単だが、それにしてもマンパワーは必要だし、そもそも混乱した現場からネット中継が出来るかもわからない。せいぜい電話で現場の雰囲気を伝えるのが関の山だろう。

そんな状況下では、特番を編成する為の情報=コンテンツが集まらないだろう。2~3分の番組ならまだしも、1時間番組を埋めるとなると、様々な準備がいる。まず、キャスターが必要だ。それから、スタジオに専門家を呼ばなくてはならない。時間にもよるが電話をかけて局に来てもらうだけでも1時間以上はかかる。CGや模型なども同時に作る必要がある。事件が起きてすぐに特番、とはならないのはそういう背景があるからだ。

さて、2の「特番編成が容易ではない」とは、民放ならではの事情だ。基本放送収入、つまりCMを売って利益を得ている民放テレビ局は、通常編成をそう簡単に変えることが出来ない。報道局がまず「特番をやる!」と声を上げると、編成局の報道担当者を通じて営業局に話が伝わる。他のローカル局への説明も必要だ。そうして最終的に話がまとまって初めて特番編成となるのだ。その時の状況により、特番編成になるかどうかもわからない。仮に特番となっても報道局が要望しているより時間が短くなることもある。

これらの理由により、民放が海外の事件・事故に関して特番を編成するハードルがいかに高いかご理解いただけたと思う。電波という公共財を免許制で政府から与えられていることで生じる「報道する義務」と同時に、営利企業でもあることで無尽蔵に報道にお金をかけられないという、ジレンマを抱えているのだ。無論、日本人に大きな被害があった場合などは、特番のハードルはずっと低くなるだろう。

そして、今はネットの時代だ。テレビやラジオ、新聞で情報を得ていた時代はとっくに終わっている。ネットで情報を得ることは今や当たり前。特にSNSが急速に普及して来たここ数年は、人々が世界の情報を入手するスピードは日増しに速く、そして容易になっている。その気になれば世界中の誰よりも早く、テロの現場の情報にアクセスできる。ツイッターなら関連ハッシュタグで検索をかければ現地の情報などすぐ集まる。

そんな世界に生きている私たちが、テレビにネットの速報性を求めるのは無理がある。役割が違うのだ。特に地上波は、ネットより早く特番で現地の情報を伝えることはほぼ不可能だ。

ではどうするか。専門家による分析や見通しを視聴者に提供すればよい。仮に速報が出来なくとも、テロが起きた背景や様々な報道の多様な分析、加えて、シリアの内戦への各国の関与や難民受け入れが今後どうなるかなどの見通しを人々は知りたいはずだ。日本への影響なども重要な関心事だ。

テレビ局には、これまで蓄積してきた膨大なデータやアーカイブ、人材がある。それらを駆使した分析などを、自前のニュース・ウェブページで流せばよい。初動では、様々な海外メディアの情報を訳してどんどん流せばよい。英語や仏語がわからない人にとっては、テレビ局のキュレーションが働き信頼性が担保された貴重な情報源となろう。フジテレビなどは、24時間ネット放送局の“ホウドウキョク”があり、他局より有利なはずだ。使わない手はない。民放テレビは、地上波でのニュースとは別に、自前のネット空間で上記のようなニュースを流し続けることで、失った信頼を取り戻すしかない。


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