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.社会  投稿日:2015/11/21

[古森義久]【「マタハラ」という言葉の不快な響き】~英語でもない“造語”の氾濫に警鐘~


古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

執筆記事プロフィールBlog

「マタハラ」という言葉が日本の新聞やテレビをにぎわすようになった。たとえば読売新聞11月18日朝刊の第二社会面トップには「『マタハラ』女性逆転勝訴」という大きな見出しの記事が載っていた。ある女性が勤務先の病院で妊娠のために降格を受けたことを「違法」とみなす判断を広島高等裁判所が下したというニュース記事だった。

そこにある「マタハラ」とはマタニティー・ハラスメント(maternity harassment)という英語のカタカナ表記を短縮した言葉である。妊婦あるいは出産前後の女性への職場での嫌がらせや迫害のことだ。直訳すれば「母性への嫌がらせ」とでもなろうか。

だが私はこの「マタハラ」という言葉に生理的な反発を覚える。いまや日本語のなかの外来語として定着しつつあるような「マタハラ」という言葉は、日本語の表現としてはなんとも汚らしい語感がするのだ。そんな反応は私だけなのかと、いぶかってしまう。

日本語として普通に「マタハラ」という言葉を聞いても、読んでも、まず連想させられるのは「股腹」だろう。人間の肉体の特定部分を二つ同時に指すような響きの言葉なのだ。

しかもmaternity harassment という英語がアメリカやイギリスでは実際には使われておらず、日本側での造語のようなのだ。私が長年、暮らしてきたアメリカで法律用語、あるいは一般社会での普通の言葉として使われる実例をみたことも、聞いたこともない。ちなみに英語版のグーグルなどで検索すれば、そんな実態がすぐにわかる。

アメリカでいまの日本の「マタハラ」に相当する言葉として使われるのはpregnancy discrimination である。文字通りに訳せば「妊娠差別」という意味だ。職場での女性の妊娠に対する差別を指す。まさに日本でいう「マタハラ」なのだ。だが当のアメリカではマタニティー・ハラスメントとはいわない。であるのに、それが日本で英語の造語として登場し、さらにその奇妙な日本語の略語が出てくるのだから、おかしな話しである。

この新語の「マタハラ」が正式の雇用や裁判の場でも公式の日本語として使われそうならば、その課題にかかわる政府側の当局者や法律専門家たちはなぜ日本語の適切な用語の採用を試みないのだろうか。

日本語ではすでに「セクハラ」という言葉が定着してしまった。いうまでもなく原語の英語はsexual harassment である。セクシュアル・ハラスメントも外国語の日本語化の慣習というのか、単語の冒頭だけを略して並べて、「セクハラ」となるわけだ。ただしこの原語はアメリカでもそのとおりに使われてきた。

だが「マタハラ」というような言葉が堂々と新たな日本語の造語として広まっていけば、日本語の美しさの浸食は避けられないだろう。さらに深刻なのは社会の大きな新現象、新事象を自国語では表現できなくなっていく日本語の空洞化への懸念もある。

さらに最近では「スモハラ」という言葉も活字メディアで目にした。原語はsmoking harassment らしい。たばこの有害を受ける側にとっての状況のスモーキング・ハラスメントを短縮してそう呼ぶようだ。こんな日本語ではない、正確には英語でもない珍妙な造語がどんどん増えていくことを心配する日本人はいないのだろうか。

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