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.国際  投稿日:2015/12/23

[文谷数重]【ロシア、対日資源バーゲンに動く】~特集「2016年を占う!」ロシア その2~


文谷数重(軍事専門誌ライター)

執筆記事プロフィール

[/extdelivery]この行き詰まりの中で、ロシアはどう行動するだろうか?

経済問題についてアジア方面での状況打開を図るしかない。ロシアは欧州で行き詰まると中央アジアに、中央アジアで行き詰まると極東方面での問題改善を図る。そしてロシアは欧州と衝突し、中東でもトルコと衝突しているので、今回もそうなる。

つまり極東でバーゲンが始まる。武器売却や資源の売却・開発を持ち出し、中国と日本、加えて韓国、台湾、ベトナムとの経済交流の活発化を図る。それにより景気減退を緩和し、外交的成果であると政権の勝利を演出しようとするだろう。その予兆はある。中国向けのSu-35戦闘機の売却合意や日本向けのサハリン2増産合意がそれだ。両者は今まで渋っていたものだが、背に腹は変えられない。

もちろん本命は中国だが日本にも好条件を提示する。中国にベッタリでは足許を見られる可能性がある。また、安全保障感覚からも人口希薄な自国極東部には中国人やその権益をあまり入れたくはない。対抗馬としての日本も巻き込もうとするだろう。

・ 天然ガスと水産資源

これは日本にとって悪い話ではない。日本にとっては天然ガスと水産資源について安価かつ安定的な供給を実現するチャンスであるためだ。

ロシア産天然ガスはもともと日本にとって最安の輸入ガスである。山元価格の段階で他国産よりも格安である。資料によって異なるが、日本が取引をしている湾岸産やインドネシア産、マレーシア産、オーストラリア産天然ガスはロシア産の2~5割は高いという。そして輸送距離が短い利点もある。特にサハリン産はガス田が日本に隣接しているため、輸送段階で避けられないガスの蒸発損(1日0.6%と言われる)も最低限に抑えられる。

その天然ガスについては、ロシアはすでに対日協調路線にある。12月にはサハリン2の規模拡大での同意がそれだ。これはロシア経済の苦境や、閉塞感の打開を求める政権の姿勢を反映したものだ。今後も他のガス田、例えば18年に生産が開始する北極海のヤマル産ガスの引き合いや、新規ガス田の共同開発といった話も持ちだすだろう。

場合によればサハリンからのパイプラインによる輸出入の交渉もできるだろう。それが実現すれば今よりも安価・大量の天然ガスの供給が実現できる。安定性も抜群である。日本側が支払いを続ける限り、ソ連は何があっても、仮に政治的対立があっても天然ガスを供給せざるを得ない。

もちろん、天然ガス生産国は2国間パイプラインを嫌う。これはホールドアップ問題といわれるものだ。買い手が強すぎるため、難癖をつけられれば値引きに応ぜざるを得なくなる。昔、ロシアもトルコにそれをやられて難渋している。

だが、今の経済不況が続きプーチン政権が追い込まれれば話は別だ。もともとロシアと日本の経済協力の歴史は深い。極東部では無力なロシアは地域大国の日本に頼る必要があり、資源輸入の安定性を求める日本も極東資源へのアクセスは魅力的であったためだ。昭和30年の日ソ経済開発以来の実績があり、一度決定した契約について日本側から値引きを求めたことはない。政治はともかく、経済についてだけは互いに信頼関係はある。この点からパイプラインもありえない話ではない。

また、同じ理由から再びオホーツクの水産資源にアクセスできるようになるだろう。ロシアは自国水産資源を今ひとつ活用しきれていない。また、昆布等自国では全く使わず、加工ノウハウもないため日本に売るしかない資源もある。背に腹は変えられなくなれば、再び日本漁業のEEZ内操業を許す可能性もある。

・ 対米関係はこじれない

いずれにせよ絶好の機会だということだ。日本はロシアの勧めるままに極東資源を買い叩けばよい。

ウクライナやシリアは日本にとっての問題ではない。結局のところ黒海や地中海東岸に日本の利益はない。そこでロシアが何をしようがさしたる問題ではない。米国や欧州が苦言も気にすることはない。逆に、言うことを聞いても米国から現実的な利益は得られない。

それならば形だけ「ウクライナとシリア民主制力を支持する」と欧米側に立ち、その上で平然とロシアとの交易をすればよい。米国も欧州も文句をいうだけで日本に何かをできるわけではない。

これには前例がある。1962年のキューバ革命以降も、日本は革命政権との交易を続けていた。米国は利敵通商政策であると日本に再三再考を求めたものの、結局はそれで終わっている。「米国にはできるだけ協力するが、自由貿易には関与しない」「民間が安価な砂糖を求めるのは当然であり、政府はそれを妨害できない」といった日本側の説明を崩せなかったためだ。

そもそも米国にとってロシアとの対峙はそれほど優先度は高くはない。今、ロシアとの対立がクローズアップされているのは、シリア問題がニュースとなっているために過ぎない。しかし、極東での外交、安全保障で最優先するのは中国との対峙である。そこでの日本の重要性を考慮すれば、実際にはウヤムヤにできる。

・ 領土問題は解決しない

だが、どれほどロシアが困窮しても領土問題での譲歩は期待できない。このことには留意すべきである。

対日接近は政権維持を目的である。だが、領土問題で譲歩すれば肝心の政権が倒れてしまうため、それはありえない。

ロシア人にとっても「クリル諸島は血を流して得た神聖な領土」である。貧しくなっても、肉が食べられなくなっても、戦争で死人を出しても守らなければならないと考えている。それをむざと外国に渡すことがあれば、ロシア人はプーチン政権どころか、政府を許さない。

しかし、間違いなく領土問題でのリップサービスはする。「北方領土について話し合う余地がある」というだけで日本人の歓心を買える。これはロシア人も承知している。

なによりも日本の政権がそれに乗ることも知っている。実際に、ロシア同様に日本の政権も行き詰まりにある。経済政策の失敗から目をそらすため、解決しないことは承知で領土交渉には乗ってくる。そう判断するためだ。

(写真:”Russia edcp relief location map” by Uwe Dedering – 投稿者自身による作品. Licensed under CC 表示-継承 3.0 via Wikimedia Commons

(この記事は、【政治経済的に行き詰まるロシア】~特集「2016年を占う!」ロシア その1~ の続きです。全2回)

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