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.政治  投稿日:2023/1/19

失敗作、P-1哨戒機の調達は中止すべきだ ②


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・ソナーのソフトウエアに関して、我が国のメーカーは欧米メーカーにかなわない。

・日本がお家芸と思われている光学電子センサーも実は問題が多い。

・国産機の調達を続けても将来性はない。防衛費を浪費するだけならば、国益上大変な損害である。

 

先に述べたようにP-1の対潜能力は低い。実はそもそも国内の対潜システムの開発能力が低い。素子などハードは能力の高いものが作れるが、ソフト開発の能力が低い。かつて、海自のヘリやP-3Cがリムパックに行くときは国産のソノブイではなく、米国製を使っていた。国産ソノブイでは演習で勝てないからだ。米国製の方が、性能がよく、コストも安い。

国産ソナーを搭載した海自のDDや潜水艦は、イージス艦のより古いタイプの米国製のソナーに太刀打ちできない。ソナーのソフトウエアに関して我が国のメーカーは欧米メーカーにかなわないのが厳然たる事実である。海自OBによればソナー、ソノブイのメーカーである沖電気とNECには音響学の博士号を持った社員はいないそうだ。国内マーケットが小さいから開発の人材も薄くなる。

米海軍はP-3CからP-8に移行する期間、P-3CにP-8のシステムを移植していた。これは教育や兵站の面で大変有利だ。海自では予算もなく、このようなことをやっていないので、2種類のシステムにそれぞれ教育と兵站が必要になっており不効率だ。しかも同次期にP-8の調達を開始した米海軍はとっくに調達を終えている。対して海自は今後も長期間P-1とP-3Cの併用を続けて高いコストを払い続ける必要がある。

日本がお家芸と思われている光学電子センサーも実は問題が多い。P-1の搭載している光学電子センサーシステムHAQ-2は富士通製だが価格は欧米メーカーの同等品の2倍も高いのに、探知距離などの能力は及ばず、故障も多い。これがP-1の稼働率低下の原因になっている。これではいくら維持整備費を増やしても稼働率は上がらない。

実はその他にも不具合が多く稼働率が低い原因となっている。このため幾度となく「初度費」が要求されている。防衛省の言う「初度費」は実は本当の意味の初度費ではない。普通初度費は生産にあたって必要なジグやラインの構築などの調達を指すが、防衛省では不具合の手直しなどに何十年でも「初度費」として費用をだせる。「性能向上のための改修」の予算計上も、実態は不具合の改修のためでは無いかと言われている。

P-1の開発構想が発表された当時、筆者は代案として費用対効果の面からP-3Cの延命化を唱えた。当時P-8の革新的な発想が成功するかどうか、分からなかったのでP-8の導入は慎重であるべきだと考えたからだ。仮にP-1を開発するにしてもP-8の出来を見てからでもよいだろう。またれば哨戒機、輸送機を国産開発するのであればC-2を優先してこれを量産し、その後にP-1を開発するのであれば国内メーカーは大型機開発、製造のノウハウを継承することができた。それは旅客機の開発にもつながる可能性があったからだ。

だが防衛省は2機種を開発することでその可能性を捨てた(当時は三菱重工がMRJを作る計画はなかった)。今後我が国のメーカーが大型機を開発する機会はまずなく、C-2、P-1を担当した設計者や技術者が退職すればノウハウは消滅する。

P-3Cは主翼を全取替すれば機体構造の寿命は新品近くにまで戻る。川重傘下の日本飛行機は実際に米軍のP-3C延命でそれを担当したことがある。P-3Cの延命であれば整備や訓練に新たな投資は殆ど必要ない。更にエンジンを新型に、アビオをグラスコクピットに換装し、システムの更新も行えば進出速度も向上して燃費があがり、整備性も向上する。エンジンの効率だけではなく、グラスコックピットなどを導入すればシステムが軽量化されて、またメカニカルな可動部分も減るからだ。そのようにP-3Cを延命化して、それを使い続けるか、あるいはP-8や他の哨戒機を導入するか決めればよい。

海自で不要になったP-3Cは同様の近代化を行って米国企業と一緒に輸出することも可能だっただろう。実際にカナダはそのようにしてP-3Cを延命利用してきた。海自のP-3はP-1によって更新されれば廃棄される運命にある。これらを延命化して輸出すれば防衛費の足しになるはずだ。

これからでも能力が低く、調達・運コストの高いP-1の調達は中止すべきだ。海自の固定を増大させるだけだ。他に必要な予算はいくらでもある。海自ではP-1の派生型で現在の多用途機、UP-3、OP-3、電子戦データ収集機、EP-3などを置き換えようという動きがあるがこれも止めるべきだ。

現在では海上哨戒任務はかなりの部分、無人機に置き換える事が可能となってきた。であれば海上自衛隊の哨戒機の数はより少なくてよい。費用対効果の面ではP-1よりP-3Cの近代化方が、遥かにコストパーフォーマンスがいいだろう。

まず哨戒機の定数を減らして無人機の導入を進めるべきだ。そのうえで、既存のP-1やP-3CのシステムをP-8のものに換装する。運用するP-1の数を減らして、余剰分は部品取りにつかえばいい。どうしてもP-1を使い続けるならばせめてエンジンを信頼性が高く、コストが安い物に変える。あるいは主翼を変更して双発に変えるなどのコスト削減をすべきだ。余剰のP-3Cは近代化したうえで外国に販売してもいいだろう。ベトナムあたりでは需要があるのではないだろうか。

UP-3などの後継には今も可能かどうか分からないが可能であれば、航空産業振興のためにスペースジェット(MRJ)を使用すべきだった。これらだけで10機以上の機体が必要だ。川崎重工がこの先旅客機などを開発する可能性はない。延々と防衛省の需要に寄生するだけだ。であれば、また将来の国産旅客機産業につながるスペースジェットの事業化を支えるべきだろう。空自が電子戦関連でC-2の派生型を調達しているがこれもやめるべきだ。更に政府専用機、空自のE-2CやE-767の後継にスペースジェットを採用すべきだ。E-2Dは能力が高いもの居住性が悪く長時間の任務に適さない。リージョナルジェットである「スペースジェットをプラットフォームに使用すれば長時間の任務が可能で、輸出需要もあるかもしれない。

自衛隊で使う分には民間機で必要な耐空・型式証明は必要ない。自衛隊用の機体を調達している間に、止まっていたFAAでの耐空・型式証明を取ればいい。その費用も自衛隊向けの機体の売上から捻出できるだろう。

自動車産業がEVに完全に移管すれば、我が国の自動車産業を支えている機械工業は大きな市場を失う。航空産業はそれに変わる産業になりうるが、その育成を政府は長期的に行ってこなかった。

そうであればP-1、同様に取得、維持コストが外国製機体の何倍も高いC-2輸送機の調達をやめて、スペースジェットの取得を行う方が、将来の我が国の航空産業のためには良いだろう。

また航空産業育成という意味では機体メーカー4社、エンジンメーカー3社体制を見直して世界で勝負できるように統廃合すべきだ。またそのような気位も、投資意欲もない企業は消えてもらうべきだ。日本の航空機メーカーは世界の市場で勝負する気はなく、ひたすら防衛省の発注に寄生する「子供部屋おじさん航空産業」だ。

国も航空メーカーも業界再編もせずに防衛省需要に寄生する体質に変化はない。国産機の調達を続けても将来性はない。高コストで事業意欲もなく、ひたすら防衛費を浪費するだけしかできないならば、それは国益上大変な損害であり、防衛省は発注をやめた方がいい。

(おわり。

トップ写真:防衛大学校の卒業式後の海上自衛隊のP-1哨戒機(2020年3月22日 日本 横須賀)

出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images

 




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

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清谷信一

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