トランプ政権の世界戦略(上)選別的な関与と「力の効用」
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」第957回
【まとめ】
・トランプ政権は国益直結時のみ積極的対外介入を行う。
・軍事力重視の「力による平和」戦略で抑止力強化。
・日本はトランプ政策を正確に理解する必要がある。
アメリカのドナルド・トランプ大統領の再度のホワイトハウス入りを果たして、2ヵ月。世界はこの第二期トランプ政権によって揺さぶられ、よくも悪くも激変を迎えたといえる。ではトランプ大統領はこの新政権でいまの世界をどう変えようとするのか。どんな国際秩序を求めているのか。
この課題には日本側も振り回されたままだといえそうだ。トランプ氏の政策の実態をつかまないまま、その入口で情緒的で短絡なレッテル貼りの批判を述べるだけ、という感じなのだ。そんな浅薄な批判は日本側のいわゆる識者、そして大手メディアの間で顕著である。
この時点ではトランプ大統領、そしてトランプ政権、その政権を支える巨大なトランプ支持層の世界観や国際戦略をまず正確かつ客観的に知ることが肝要である。日本にとっては特別の意味を持つアメリカ合衆国の政策を正しく認識することは日本の国運をも左右する。なにしろ日本の国家安全保障は同盟国のアメリカの軍事パワーに依存しているのだ。そのアメリカがいま一体、どんな対外政策をとろうとしているかを正確に理解することは、日本にとっては致命的な重みを持つ。
そんな前提から第2期トランプ政権の登場から2ヵ月のこの時点で改めて同政権の対外政策を点検してみよう。その政策の結果、世界はどう変わっていくのか。日本への影響はどうか。その出発点となるトランプ政権の国際戦略の特徴を7つに区分して報告しよう。
第一は積極的かつ選別的な対外介入である。
トランプ政権の対外政策はアメリカ第一を強調する点から孤立主義になるという前評判も広範だった。だがトランプ大統領は一期目から実際には特定の領域ではきわめて積極果敢な外国への介入や関与を実行していたのだ。中国に対する強固な対決、そして抑止の政策がその対外関与の最大例だった。
二期目の政権も中東問題担当とロシア・ウクライナ担当の特使をそれぞれ任命し、さらにトランプ大統領自身が乗り出して、紛争の調停に着手した。この姿勢は孤立とは正反対である。具体例の第一は中東でのイスラエルとハマスの停戦への調停だった。そして第二はウクライナ戦争でのロシアとウクライナの停戦合意への推進だった。その成果はまだいずれも明確ではないにせよ、バイデン前政権が戦争自体の継続はただなにもせずに眺めるだけだったのとは天と地の違いだといえよう。
外国の紛争や横暴に介入して、停止を求める。しかしその介入の対象はきわめて選別的とする。トランプ大統領のこうした考え方は選挙期間中からトランプ氏に直結していた「アメリカ第一政策研究所」(AFPI)の政策報告書からも明確だった。
同報告書は対外安全保障政策の基本として「これまでの歴代政権は人道主義、民主主義、紛争抑止など広範な目的で他国への軍事介入を実行してきたが、トランプ政権ではアメリカの国益に直接つながる場合に限っての介入とする」という原則を明示していた。より具体的にはアメリカ国民の生命が奪われるような場合、そしてアメリカの国益の根幹が侵される場合、に限っての介入だというのだった。
一期目のトランプ政権でのその『選別的な介入』の実例はイランの革命防衛隊のスレイマン司令官の殺害や過激テロ集団の「イスラム国」の破壊だったという。いずれも軍事力そのものでの断固とした介入だった。
第二の特徴は「力による平和」という戦略である。
「力」といっても単純ではないが、やはり中心は軍事力となる。より正確には「力による抑止」、具体的には「軍事力による侵略や戦争の抑止」だといえる。もっともアメリカの歴代政権は共和、民主の別を問わず、軍事力の効用は明確に認めてきた。問題はその度合いだった。
つまり共和党と民主党、保守派とリベラル派の政策の違いは、軍事力の効用をどこまで重視するか、という程度である。この点、民主党のバイデン政権、さらにはオバマ政権は軍事の軽視が顕著だった。紛争の解決や防止に軍事力を正面から適用することをためらうのだ。
その典型例は2023年2月からのロシアのウクライナ侵略に対して時のバイデン大統領は「経済制裁で対応する」と言明し、当初から軍事的な対応策を除外してしまったことだった。この態度がロシアのプーチン大統領を結果として勇気づけたといえる。バイデン大統領のこの対応は軍事忌避とも呼べた。
トランプ政権は対照的に国際安全保障に対して軍事力の重視を鮮明にする。トランプ氏が共和党全国大会で指名を受けた際の選挙綱領でも「米軍を増強し、近代化して、全世界でも最強とする」と公約していた。この軍事強化は第一次トランプ政権でも顕著だった。4年の任期中、国防費を前年比では10数%の大幅増額を毎年、続け、冒頭からすると倍増に近くした。
トランプ大統領は第二期でも、他国の侵略、紛争への対処では最終的に軍事力を使うことをためらわない、といえる。軍事力の効用により、軍事危機を抑え、平和を保つという思考である。
(中につづく)
写真:3月7日にロシア軍がドネツク州の都市の住宅団地を大規模に攻撃し11人が死亡、47人が負傷した。 ウクライナ、ドブロピリャ 2025年3月10日
出典:Paula Bronstein / Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

