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.国際,未分類  投稿日:2025/3/27

トランプ政権の世界戦略(下)中国への抑止、日米同盟の堅持


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視」第959回

【まとめ】

・トランプ政権は中国を最大の脅威と見て、強固な対中政策を打ち出した。

・他方、日本に対しては日米同盟の堅持と増強を求め、友好的な姿勢を示している。

・しかし日米同盟の現状は片務的だと評価され、台湾有事への対応も日本がアメリカが期待する協力をするという展望には現実性が乏しい。

 

 さて、第七番目のトランプ政権の対外戦略の特徴は中国を最大の脅威とみて、強固な抑止措置をとることである。


 第二期トランプ政権の対外政策では実はこの中国との対決が最大の柱だといえるかもしれない。第一期政権は長年の歴代政権の対中関与政策が完全に失敗したと断じて、強固な対中抑止政策を打ち出した。第二期ではその強固さがアメリカの社会一般、議会全般の強い支持を得て、中国への姿勢をさらに厳しくすることとなる。

 トランプ大統領自身が中国の脅威を改めて指摘することは少ないが、トランプ外交の主役となるマルコ・ルビオ国務長官は「中国こそアメリカがこれまで対峙してきた脅威や危険のなかでは最大といえる」と断言する。その理由は中国の基本的な価値観での反米姿勢、アメリカの高度技術の組織的な窃取、アジアでの日本などアメリカの同盟、友好諸国への軍事がらみの攻勢、無法な領土拡張などだとされる。基本的には「中国はアメリカ国主導の国際秩序を根底から破壊しようとする」という認識だともいえる。

 前述のトランプ氏に直結する研究機関AFPIの報告書は中国について以下のように述べていた。

「中国共産党はアメリカの国家安全保障にソ連の崩壊以来、最も総合的な脅威を突きつけるにいたった。ソ連との違いは中国の方が経済的にも文化的にもずっと強く、アメリカ国民の生活に入り込んでしまった、という点である。

 中国の巨大な軍事力は海軍、空軍、核戦力の拡大が顕著で、台湾への軍事侵攻を準備し、近隣諸国をも威嚇して、東アジア全体の制覇の意図を露骨にしてきた。この中国の危険な膨張はほとんどがアメリカからの収奪、アメリカ側の指導者の消極性や認識不足によって達成されてきた」

そして同報告書は最新の状況として以下の点を強調していた。

「トランプ新政権の新対中政策はまず東アジアでの〝熱い戦争〟もありうるという有事想定を基礎に国家安全保障を強化する」

以上が第二期トランプ政権の対外政策、世界戦略の少なくとも七つの特徴である。

 ではトランプ新政権は日本に対してはどんな政策をとるのか。

 結論を先に述べれば、基本は日米同盟の堅持、そして増強だといえる。トランプ大統領と石破茂首相の2月7日のワシントンでの首脳会談ではトランプ氏は日本に対してきわめて友好的だった。日本側で懸念された防衛増強の圧力や関税の脅しなどはまったくなかった。そしてトランプ大統領は安倍晋三元首相への追悼や賛辞を述べながらも石破首相に対しても温かいとしか描写できない言葉を浴びせたのだった。

 この態度を日本側では意外とみなす向きも少なくなかった。トランプ大統領の石破首相への言動は日本側の主要メディアや識者の一部の予測とは完全に異なっていたのだ。日本側では「もしトラ」という略語に集約される過剰反応が多かった。「もしトランプ大統領再選となれば、日本に対して強硬な要求や圧力がぶつけられ、日米関係は大変なことになる」という骨子の予測は最初から間違っていたのである。

 トランプ大統領は石破首相との首脳会談では日米同盟を「インド太平洋でのアメリカの安全保障の礎石(cornerstone)」と呼んだ。同大統領は日本を貴重な枢軸パートナーとみなし、とくに中国との対決では在日米軍の存在、つまり日米同盟の実効が不可欠と考えているのだ。

 この日本への友好姿勢はトランプ氏が今回の大統領就任以来、西欧の同盟国や北米大陸の隣国にまで批判的な言動をあらわにしているのに、一ヵ月以上が過ぎても、日本には批判や要求をまったくぶつけていない事実からも裏づけられる。トランプ大統領は政策上の配慮から日本に友好的というだけでなく、心情面でも日本に温かい心情を抱いているとさえ感じさせられる。その基盤には安倍元首相との親密きわまる交流への思いがあるともいえよう。

 トランプ氏に直結してきた前述の研究機関AFPIの政策報告書も以下のように明記していた。

「日本は近年、アメリカのアジアでの同盟関係での礎石となり、中国への警戒や抑止でもアメリカとの歩調をより緊密にしてきた。日本政府は最近、防衛費の倍増や中国に届く中距離ミサイルの初の購入を決めた。台湾の平和と安全に対しても積極的に発言し、アメリカとの連帯を強めている」

「トランプ大統領自身が安倍晋三首相に個人的に強い好意を抱き、両首脳が個人での連帯を強固にしたことは日米関係を強くし、共通の戦略的目標の追求を効果的にした。その絆がインド太平洋全体での中国への抑止の強化となった。トランプ大統領は北朝鮮による日本国民の拉致事件の解決についても日本への協力を明確にした」

「第二期トランプ政権のグローバルな諸政策のなかでも日本との同盟とパートナーシップの強固な保持はトップの優先事項となるだろう」  

 以上のような見解はまさにトランプ大統領自身のこれまでの考えなのだといえる。日本は新トランプ政権の対外政策全体でもこれほど枢要な位置を占めているのである。

 トランプ政権は現在の日本の防衛力強化を歓迎し、台湾有事への前向きな姿勢をも高く評価している。西欧諸国への態度と異なり、日本の防衛費のさらなる増額を公式の場で迫ることもない。だから表面での日米関係、目前の日米同盟は安定し、強固にみえる。

 しかし安心は決してできない。水面下での日米両国間の溝、そして中期、長期の展望を考えると、不安な要素も影を広げる感じとなる。

 アメリカ側ではトランプ政権だけでなく、民主党側にも現在の日米同盟が片務的であり日本に対してより双務的な貢献ができる新構造を期待する底流は脈々と流れている。トランプ氏自身、2016年の選挙キャンペーン中、「日本が攻撃されればアメリカは全力で日本を守るが、アメリカが攻撃されても日本はなにもしないといういまの同盟は不公平だ」と苦情をもらしたこともあった。

 この言葉は日本が憲法改正により集団的自衛権を自由に行使できるようになっての「通常の同盟」への希望だったといえる。ただし、これまで日本側に公式にそんな国策の変更を要求することは得策ではないという政治判断がトランプ政権も含めて米側歴代政権にあったといえよう。

 台湾有事への日本の協力に対するアメリカ側の期待もなお楽観に過ぎるという要素が多い。安倍首相に始まり、菅首相、岸田首相と、それぞれがアメリカ訪問の際には、中国が台湾を武力攻撃し、米軍が介入する有事に日本側としても積極的に協力、あるいは参加すると米側に思わせるような言辞を述べてきた。だから米側は期待を高めた。しかし日本の国政で台湾有事への対応が具体的に語られることはない。日本が実際にアメリカが期待する協力をするという展望には現実性が乏しいのである

 トランプ新政権の対外政策の根幹にある軍事力への信奉や国家主権の重視という特徴も日本が歩調を合わせるには難しい領域であり、概念である。なぜなら戦後の日本はアメリカ占領軍が作った特異な憲法により、軍事力の効用を否定してきたからだ。日本国民の多数はその憲法の主旨を軍事力否定をも含めて支持してきたといえるからだ。近年は中国、北朝鮮、ロシアなどの好戦的な軍事攻勢で日本側にも軍事の効用を認める傾向は強まってきた。だがアメリカと比べるとまだまだギャップは大きい。

 トランプ政権は現在はいかに日米同盟を重視するといっても、いざ自国の主権、安全保障、経済基盤などで自らが不利となりうる案件が登場すれば、ためらいなく自国の利益を優先し、日本側にも厳しく当たってくるという側面は日本製鉄のUSスティールの買収計画で示されたともいえる。自国の産業保護、そして国家安全保障を理由に日本製鉄の買収計画には断固とした「ノー」を突きつけたのである。トランプ政権からの日本への「否」の答えもあるという警戒信号だともいえよう。

 トランプ政権の中国との正面からの対決という路線も日本の立ち位置に難しい課題を提起することとなる。いまのアメリカではトランプ政権も議会の超党派といえる多数派も中国との経済面でのディカップリング(切り離し)という究極の目標を支持する方向へと走っている。

 そんな事態が現実味を帯びてきたとき、日本はどうするのか。安全保障面でアメリカに依存する立場でも、経済面では対中関係はアメリカのそれとは大きく異なる日本がどこまで対米連帯を保てるのか。これまた国家の命運にもかかわってくる重大課題である。


。終わり)

冒頭写真)2025 年 3 月 24 日ワシントン DCにてトランプ氏と共に演説をするマルコ・ルビオ米国務長
出典)Photo by Win McNamee/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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