石破首相のC-17導入発言の真意
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・時事通信、石破首相米国製のC-17輸送機導入に意欲の記事掲載。
・しかし、石破首相はC-17の調達を公的場所で明言した訳ではない。
・国産のC-2輸送機の調達源を恐れる空幕関係者のリークか。
石破首相が米国製のC-17輸送機導入に意欲という時事通信の記事がでている。
〇C17導入、石破首相意欲も現場冷淡 米大型輸送機、運用に難
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025030800170&g=pol
これはかなり恣意的な匂いのする記事だ。筆者は石破氏から助言を求められることもある立場で、かつて共著もだしたことがあるが、それを割引いても作為が感じられる記事である。おそらく国産のC-2輸送機の調達減を恐れる空幕関係者のリークだ。
>石破茂首相が米国製大型輸送機C17の導入に意欲をにじませている。
>関係者によると、首相は先月7日のトランプ米大統領との会談で、米国製輸送機を購入したいと打診。かねて導入を唱えるC-17に言及したとの証言もある。4日の衆院予算委員会で事実関係を問われた首相は、一般論と断りつつ「輸送機は多くの物を積めれば積めるほどいい」と力説した。
上記のように石破首相がC-17の調達を公的な場所で明言したわけでもない。これは石破首相の空自輸送機に対する姿勢を恐れた防衛省や空幕の関係者が時事通信にリークし、専門知識が欠如した記者が書いたとしか思えない。首相と大統領の会談の内容を知る立場の人間が、それを外部にリークしたならば外交上の信頼を大きく損なうことになるだろう。首相官邸は誰がソースか今頃特定しているだろう。
そもそも「C17導入、石破首相意欲も現場冷淡 米大型輸送機、運用に難」というタイトルがどのような意図で書かれた記事かを物語っている。
>ネックとされるのが滑走路の長さだ。積んだ荷物の重さにもよるが、離着陸には「3000メートル級の滑走路が必要」(自衛隊幹部)とされる。
> 空自の入間基地(埼玉県)や美保基地(鳥取県)の滑走路は2000〜2500メートル程度。重い機体が滑走しても問題が起きないだけの地面の耐圧も求められ、国内でC17が使用できる基地・空港は限られるのが実情だ。
>自衛隊関係者は「滑走路の延長・強靱(きょうじん)化は容易ではない」と困惑する。
これは事実ではない。アフリカや中東などのまともな滑走路がない場所での運用を前提に開発されたC-17は極めて高いSTOL(短距離離着陸機能)を有している。国内で運用するにしても問題ない。筆者はパリやファンボロー、そして南アフリカなどの航空ショーでなんどもC-17の離着陸を見学しているし、クルーにも話を聞いている。率直に申し上げて防衛省や自衛隊の「専門家」は専門知識と見識が欠けている事が多い。記者が紹介しているのは防衛省のリーク側の話ばかりだろう。メーカーであるボーイングや在日米軍に取材していたらこういう記事にはならないはずだ。
我々記者は関係者から内々の情報の提供をもちかけられることは少なくない。それが公益となるものであればいいが、得てして公益性がなく自分たちの利益なるような、邪な世論操作に利用しようする者も少なくない。彼らの三味線で踊るような記者は失格だ。
>C-17は製造が既に終了していることも難点だ。導入する場合は米軍が使用した中古品を購入することになる可能性が高いが、部品調達や機体整備のコストがかさむことが予想される。
中古を買っても何の問題もない。他に代用機種も存在しないので米空軍が使いつづけるからだ。米国以外でもカナダ、英国、NATO、インドなど少なくない国が運用を継続するだろう。米空軍のより大きなC-5ギャラクシーは運用開始が1970年で、対してC-17の運用開始は1993年である。実は軍用輸送機の寿命は長い。それは日々酷使される旅客機などのように頻繁に飛ばないからだ。
例えばC-17を導入して消耗パーツなどを日本で生産してユーザー各国に供給するというスキームもある。米企業は利益が低いからやらないが、我が国の航空工業界にはメリットがあるだろう。それは日米の利益になる。
同様な記事は朝日新聞にも掲載された。
C17、防衛省は慎重姿勢 離着陸や維持費に課題「首相の趣味の世界」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16168812.html?iref=pc_ss_date_article
>ある防衛相経験者は「頑固な石破首相の趣味の世界の話」と冷ややかな見方を示す。
運用コストを云々するならばC-2の方の高コストの方がよほど問題だ。だが防衛省や空自の「専門家」はこの件については口をつぐんでいる。
C-2のペイロード1トン当たりのCPFH(CPFH:Cost Per Flight Hour:飛行時間当たりの経費)は、C-130Jの約3.5倍、C-17の5.4倍と、比較にならないほど高い。更にC-2の1機あたりのLCC(ライフ・サイクル・コスト)はC-130Jの6.8倍、C-17の1.8倍である。これがペイロード1トン当たりのLCCになるとC-2は24.4億円、C-130Jは4.7億円、C-17が4.5億円であり、ペイロードベースのC-2の1機あたりのLCCは、C-130Jの5.2倍、C-17の5.4倍となり、これまた比較にならないほど高い。
(過去記事「自衛隊機のコスパを検証する(前編)」参照)
しかもその高コストのC-2をベースに2種類の電子戦機を調達している。電子戦機にC-2 のような巨大な機体は必要ない。米空軍は近年ビジネスジェット機ガルフストリームG550を原型としたEA-37Bコンパスコールを採用した。空自は装備調達の当事者としての金銭感覚が欠如している。
>運用面では課題が多く、防衛省・自衛隊内では慎重論が強い。個別の機種にこだわる首相の「軍事オタク」ぶりに冷ややかな声も漏れる。
まるで政治家が防衛装備について語ることが悪いかのような印象操作だ。確かに石破首相は乗り物オタクではあるが、専門の安全保障と趣味の切り分けができる人物である。軍事に詳しい=軍事オタクと揶揄するのは記者が安全保障についての見識が欠如している証左である。たとえば厚労相が医療に詳しいと健康オタクと揶揄するのか。
政治家よりも防衛省や自衛隊の「専門家」がいつも正しいのか。石破氏が防衛庁長官だったときに海自の4発(エンジン4基)のP-1哨戒機の開発に信頼性の低い4発より信頼性の高い双発がいいのではない国産する必要はあるのか、などと国産反対した。
そしてP-1の開発コストは高騰し、調達価格は米海軍の採用したP-8の2倍となった。しかも石破氏の心配通り、主に専用の国産エンジンのトラブルが相次いで、調達開始して10年が経つのに未だに稼働率は3割程度に過ぎず改善が見られない。現場の部隊では悲鳴が上がっている。更に申せば対潜能力も低い上に、機体、エンジン、システムすべてが専用のために運用コストが非常に高く、恐らくP-8よりは一桁高いだろう。
当初防衛省はP-1と同時に開発する空自の輸送機、C-2のコンポーネントを共用化するとしていたが、それぞれ低翼機、高翼機で構造も違い、機体のサイズであることから多くのコンポーネントが別々に開発されることになった。これも調達及び維持費が高騰した原因である。
内局や海幕の「軍事の専門家」が徒党を組んで石破長官を押し切って国産開発した結果がこれである。どちらが正しかったのか明白であろう。これを軍事オタクの戯言と強弁できるのか。また本来このように組織の長である政治家が反対しているのに開発を強行するのは「軍部」の独断専行であり文民統制の面でも許されることではない。
>ある空自関係者は「狭い国土に合った機体かどうかの検討が必要だ」と指摘。防衛省幹部は「日本のニーズに合っていない。防衛産業にもメリットはない」と語る。別の同省関係者は「首相の思考は20年前で止まっているのではないか。トランプ氏を喜ばせるには最適の買い物だ」と皮肉った。
石破氏を揶揄するほど空自や防衛省の幹部に輸送機に関する見識があるのか疑問である。PKO(国連平和維持活動)などでも活躍するとされたC-2は不整地運用能力を要求されなかった。これは戦術輸送機としては奇橋である。
PKOで使用するであれば舗装滑走路が整備されていない地域で運用することが前提となり、不整地運用能力は不可欠だ。また国内運用でも戦時に滑走路が破壊されれば、応急措置で復旧した滑走路で運用する必要がある。故に不整地運用能力は必要なのだ。だから筆者はC-2をお上品な「お嬢様輸送機」と揶揄してきた。空幕や技術研究本部(当時)の「専門家」は軍事の常識をしらず、あるいは無視して平時のみの運用を考えていたのだろう。それは当事者能力の欠如である。
そしてC-2の輸出をしようとなって、商談を外国に持ちかけたら「不整地できないよね?」と鼻で笑われた。そこで慌てて、不整地での運用実験を始めた。そもそも仕様にはいっていない能力が実験で獲得できるわけがない。そのためには脚部や機体構造を抜本的に見直して改善する必要があるがそのようなことは行っていない。防衛省の「専門家」たちは実験だけして、やったふりをしているに過ぎない。これで本当に輸出ができると信じていたら大問題だ。
またC-2には重量増加という問題点がある。開発時に胴体の強度に不足があって構造強化が行なわれ、重量が増加した。だが不思議なことにペイロードや航続距離などのスペックは変わらないままで未だに空幕と防衛省はC-2の最大ペイロードは36トンのままだと主張している。防衛装備庁は魔法でも使えるのだろうか。
実際はペイロードや航続距離は減っている。26トンの16式機動戦闘車は当初クーラーがついていなかった。クーラーを装備するとC-2に搭載できなくなるからだ。その後軽量化したクーラーシステムが開発されて16式はC-2で空輸が可能となった。その重量増加分は300キロである。クーラーが10トンもあるわけがない。それ以上であれば、例えば600キロであればC-2での空輸は不可能だったということだ。実際に16式など重装備を輸送する際は極端に燃料搭載量を減らして、離陸後に給油する必要がでてしまった。この事実を防衛省や空幕は公開していない。そうであれば空中給油機もそれに合わせて増勢する必要があるが、それも行なわれていない。
これらは組織防衛と、自衛隊無謬論を守りたいためだろうが、無敵皇軍を自称していた旧帝国陸海軍と同じメンタリティだ。
空幕の輸送機調達の当事者能力が欠如している例は他にもある。ペイロード8トンのC-1輸送機は退役する。またC-130Hは導入後330を超えて旧式化している。筆者は現在の内倉空幕長含めて、過去3代の空幕長に、将来の戦術輸送機のポートフォリオを会見で尋ねてきたが、皆計画はありません。C-2を買いますといっていた。それが本当であれば空幕は無能の集団だし、本来ある計画を隠蔽しているのであれば文民統制上大問題だ。少なくとも航空自衛隊の輸送機戦力の増強・刷新計画は遅くとも2023年には検討が開始されていた。実際は内々に検討を行っていたはずだ。
C-2しか輸送機がなくなれば、わずか数トンの貨物を運ぶのにC-2を使うことになる。それは機体のコストも燃料も莫大にかかる。また諸外国では当然のように整備されている特殊作戦用の戦術輸送機も空自は保有していない。本来各サイズの輸送機をミックスしたポートフォリオを策定し、納税者に説明すべきだ。政治家や納税者に口を挟まれないために秘密裏に計画をしているのであれば、それは文民統制からの逸脱である。だからこそ石破首相がC-17の導入、あるいは輸送機のポートフォリオについて述べると、都合が悪いのだろう。
更に申せば、防衛省と空自には航空専門医もおらず、航空機開発能力はない。もともと航空医学の専門医は十分にいなかったが、昨年最後の一人だった防衛医大の教授が嫌気がさして辞めて、誰もいなくなった。このような状況で我が国は戦闘機を自主開発できるといってきたのが防衛省や空自の「専門家」だ。彼らの言い分を鵜呑みにして、疑うことなく書くのは走狗になるのと同じだ。
そして何より問題なのが、時事通信の記事が無署名であることだ。つまり責任の所在があきらかではなく、トイレの落書き、チラシの裏側と揶揄されるSNSの匿名アカウントと大同小異である。大手メディアのこのような記事が国政に与える影響は小さいとは言
トップ写真)アメリカ空軍ボーイングC-17AグローブマスターIII輸送機-2021年12月30日
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)
