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.国際  投稿日:2025/4/9

ミレニアル世代の関税論:米国の「再製造業化」と安全保障の視点


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー2025 #14

2025年4月7-13日

 

【まとめ】

トランプ政権、中国に対する追加関税を計104%に引き上げる方針を示した。

・その後、中国が対米報復関税を撤回しない限り更に50%追加上乗せすると発言。

・ミレニアル世代の識者は、「関税礼賛論」のなかで、米国の「再製造業化」という概念を多用。

 

先週以来世界の株式市場の動揺が続いている。4月7日の日経平均は2644円安の3万1136円58銭まで急落、下落幅は過去3番目の規模だった。ニューヨークのダウ平均も乱高下、一時1700ドル下げで終値349ドル安となった。8日の東京市場は急反発したものの、9日朝11時の段階では約1000円安で、再び急落しそうな動きに見える・・・。

 

こうした経緯もあり、今週の原稿は9日朝の東京市場を見てから書くと決めていた。トランプ政権が米東部時間9日未明に中国に対する追加関税を50%上乗せして計104%に引き上げる方針を示したからだ。中国には既に20%の追加関税を課していたが、相互関税を34%とするので、当初対中関税は54%となる予定だった。

 

ところが、その後トランプ氏は中国が対米報復関税を撤回しない限り、更に50%を追加上乗せすると発言、更に8日、大統領報道官も計104%の対中関税賦課を公式に表明したことで、このニュースが「冗談ではない」ことが明らかになった。となると、日本はともかく、米中間の関税戦争が近い将来終わるとは思えない。何故か?

 

筆者の中国での「短い経験」で言えば、中国共産党は「無謬」だから、この種の「売られた喧嘩」は「必ず買う」からだ。トランプ政権にここまで「コケ」にされて彼らが黙っている筈はない。勿論、中国だって勝算がある訳ではなかろう。だが、この喧嘩、中国の「面子」がかかっているだけに簡単には譲歩などできないと思うのだ。

 

一方、トランプ政権の本音は一体何なのか。内外の多くのエコノミストは「株価の底打ちは①トランプ政権が高関税を継続するか修正・撤回するか次第、②世界経済が減速すれば株価低迷は長期化し、③投資家が不安を感じるほど株価変動は大きくなる」など、様々な見方を語っているが、どれも筆者には今一つピンとこない。

 

そこで今週は専門家でもないのに、産経新聞のWorldWatchで関税問題を取り上げた。ちなみに、某週刊誌に聞かれた筆者は「24%は予測できなかったが、トランプ政権は良くも悪くも有言実行だから、驚かなかった」と回答した。同政権は、立ち退きを強要する「地上げ屋」と理不尽な妥協を持ち掛ける「示談屋」のチームだからだ。

 

詳細は今週の産経新聞をお読み頂きたいが、具体的には、今回の「高関税」は単なる交渉手段か、それとも政策変更なのか、高関税論者のロジックは正しいのか、高関税政策のブレーンは意外に若い「Y(ミレニアル)世代」ではないのか、今後世界経済はデジタル経済ブロック化していくのか、などの点を論じている。

 

産経コラムには書けなかったが、昨日このミレニアル世代のある識者の「関税礼賛論」を聞いていたら、彼が米国の「再製造業化(re-manufacturization)」という概念を多用していたことが気になった。サービス産業全盛の米国経済を再び「製造業化」するという「非伝統的」議論を対談相手の伝統的エコノミストは冷笑していたが・・・。

 

この若い関税論者が経済学的に正しいとは思わないが、安全保障の観点から、米国が将来の中国との「戦争」を戦う能力という視点で見ると、意外に理に適っているのではないかと思った。そのキーワードは「兵器・ハードウェア」の製造能力である。今の米国にはこの能力が決定的に失われている、と思うのだが・・・。

 

もう一点気になるのは韓国大統領選挙の行方だ。日韓関係の劇的改善を主導した勇気ある尹錫悦大統領は失職し、6月3日に選挙が行われる。韓国の選挙は直前まで分からない、というのが定説だが今回はどうだろう。韓国内政に微妙な変化が生まれるかどうか、日本にとっては大いに気になるところだ。

 

続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

 

4月8日 火曜日 イスラエル最高裁、同国公安庁トップ辞任請求を審議

 NATO事務総長訪日(2日間)

EU外交担当トップ、アルバニア、ボスニア、ヘルツェゴビナ訪問

 

4月9日 水曜日 ラテンアメリカ・カリブ諸国首脳会合開催(ホンジュラス)

 コンゴとルワンダが支援する反政府勢力が和平交渉(カタル)

 EU外交トップ、EUウクライナ連合理事会を主宰

 

4月10日 木曜日 台湾、空襲・災害対応演習を実施(一週間)

 ウクライナ有志国の国防大臣会合(ブラッセル)

 

4月11日 金曜日 ウクライナ防衛コンタクトグループ会合(ブラッセル)

 CIS外相会合開催(カザフスタン)

 

4月12日 土曜日 ガボン大統領選挙

 

4月13日 日曜日 エクアドル大統領選決選投票

 

最後にガザ・中東情勢について一言。今週ネタニヤフ首相が訪米し、ホワイトハウスで首脳会談が行われた。内容はまだ表に出てきていないが、対イスラエル関税17%問題に加え、ガザ停戦、人質解放、イランなどにつき相当突っ込んだ議論が行われたに相違ない。詳細は来週書くことにして、今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。



トップ写真)ニューヨーク証券取引所(NYSE)- 2025年4月08日

出典)Michael M. Santiago/Getty Images



 




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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