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.国際  投稿日:2016/5/16

金メッキ剥がれた「英中黄金時代」


  岡部伸(産経新聞ロンドン支局長)

岡部伸(のぶる)の地球読解」

昨年10月英国を公式訪問した中国の習近平国家主席とキャメロン英首相が中国製原発導入など400億ポンド(7兆4000億円)にのぼる投資契約を結ぶなど経済協力が進展して世界に宣言した「英中黄金時代」の金メッキがはがれ始めた。

 政治や外交について公的発言を控えるとされる英国のエリザベス女王が公式訪問の際の習国家主席一行について、90歳の誕生日を祝う園遊会で「大変失礼だった」との発言が流れた。

 又、「英中蜜月」の象徴として、ロンドン郊外にある超名門ゴルフ場「ウェントワース・ゴルフクラブ」は、買収した中国系企業が地元会員を排除して世界のスーパーリッチ(富豪)専用にしようと新たに1万5000ポンド(約1950万円)の会員権制度を導入するなど金満経営を始めたため、会員たちが「利益優先ビジネスは歴史と伝統を重んじる英国ゴルフの文化を破壊する」と反発、法的措置を検討して、26日から予定される欧州ツアー「BMW PGA選手権」も私道を閉鎖するなど開催阻止する構えだ。

 園遊会での女王の「率直」発言は代表取材のカメラクルーが撮影している前で偶発的に本音を漏らしたとは考えにくく、近年度重なる中国の非礼に腹を据えかね、投資を目的に中国に傾斜するキャメロン政権を牽制するなど意図を持って漏らしたのではないかとの観測が有力だ。

 訪英にあたり、中国側は通常のSPなど外交儀礼を遙かに超える多数の警備要員を習主席らに同行させた。英国では国家元首の公式訪問では、米国の大統領を除き随行スタッフに武器の携帯を許可していない。外国の反体制派によるデモも取り締まっていない。 

ところが12日付英タイムズ紙によると、中国側は同行させた多数の警備スタッフ全員に護衛用として銃器の携帯と訪英中に英国で発生した反体制派のデモの取り締まりを求めたという。しかし、ロンドン警視庁など警備当局はいずれも拒否して、このことがトラブルになったという。

さらに中国側は、自らの要求を受け入れなければ、「訪問を打ち切る」と〝脅迫〟まがいの言葉で迫った。英国警備当局は儀礼を超える中国側の法外な要求に困り果て、女王が「中国側は(調整した)英国の駐中国大使にも非礼だったわね」「とんでもないですね」との発言になったとみられる。

中国の傲慢な姿勢は初めてでない。2014年の李克強首相訪英の際、エリザベス女王との面会を要求し、「応じないなら訪問を取りやめる」と脅し、空港式典でも「李首相の飛行機からVIPエリアまでのレッドカーペットが3㍍短い」と注文つけるなど経済発展した大国意識丸出しの尊大な姿勢で英国に臨んだという。

しかしキャメロン政権は米国の警告を無視する形で中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に欧州で真っ先に参加表明したほか人民元を国際通貨へ後押しし、米国が警戒する情報通信機器メーカー、「華為技術(ファーウェイ)」とさえ協力している。

英BBC放送ピーター・ハント王室担当編集委員は、「『英中黄金時代』幕開けとの政府見解の舞台裏はかなり厳しいことになっていたことが判明した。公の場で率直発言は、夫の役割だったが…」と述べ、女王が意図的に漏らした可能性を滲ませた。

また王室に詳しいジャーナリストのリチャード・フィッツウィリアムズ氏は「王室は政治の上位にあり、女王の無防御なコメントが流出するのは最初で最後」(ロサンゼルスタイムズ紙)と指摘。王室周辺では米英関係を重視する女王が中国に傾斜するキャメロン政権を諫める狙いで発言したとの見方が浮上している。


この記事を書いた人
岡部伸産經新聞編集委員

1959年生まれ。立教大学社会学部を卒業後、産経新聞社に入社。社会部で警視庁、国税庁などを担当。
 米デューク大学、コロンビア大学国際関係大学院東アジア研究所に留学。外信部を経てモスクワ支局長。
社会部次長、大阪本社編集局編集委員などを経て編集局編集委員。著書『消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い』で第22回山本七平賞授賞。

岡部伸

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