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.国際  投稿日:2016/7/5

離脱派「迷走」英政界、混乱に拍車


岡部伸(産経新聞ロンドン支局長)

岡部伸(のぶる)の地球読解」

欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国で、離脱キャンペーンの「顔」だったジョンソン前ロンドン市長が与党保守党の党首選に締め切り直前で突然、不出馬を表明した背景に盟友として共に離脱運動を主導して来たゴーブ司法相の「裏切り」があったとの見方が有力だ。

また移民制限を主張して離脱運動を盛り上げた英独立党のファラージ党首は、党首を辞任すると表明した。離脱決定後の国の舵取り役がいつまでも決まらず、国民投票で歴史的な勝利後、EU離脱に対する不安と期待で世論が二分するなか、離脱派の「迷走」は、英政界の混乱に一層拍車をかけそうだ。

◇ボリス以外なら誰でも

「政治的クーデターが起きた」(BBC放送)。党首選に出ないと明言していたゴーブ氏の立候補と、ジョンソン氏の出馬断念は英政界ではこう指摘される。英メディアによると、国民投票の運動で、離脱派を勝利に導いた立役者であるゴーブ氏とジョンソン氏は蜜月だった。

ところが勝利後、関係に亀裂が生じた。冗談を連発する飾らない言動で国民的人気を集めるジョンソン氏だが、EUが離脱を阻もうとするのは、「欧州制覇を試みたヒトラーと同じだ」などの問題発言が多く、首相としての資質を疑問視する声が噴出。党内を2分する分断を招いた張本人として、ジョンソン氏の名前をなぞり、「ABB(Anyone But Boris、ボリス以外なら誰でも)」との言葉が飛び交うほど残留派を中心に保守党内でジョンソン氏への反発が広がった。

党首選の選挙運動責任者を任命されたゴーブ氏には、ジョンソン氏に主要議員がなびかず、支持者集めが難航し、ジョンソン氏が残留派の保守党議員50人の集会に出席できなかったことから、「ジョンソン氏では党首選で勝てないと徐々に分かった」という。

またジョンソン氏が27日付デイリー・テレグラフ紙経への寄稿で、公約だった「移民制限」を撤回する内容で指導者としての資質を懸念する声が保守党内に高まったという。ジョンソン氏の友人はこの寄稿は「ゴーブ氏が校正した」と証言する。また党首選運動の混乱も運動を率いたゴーブ氏が原因と主張する。ハッキリしているのは離脱が決定したものの離脱派には、EU離脱に向けての確固たるビジョンに欠けていたことだ。

◇ゴーブ氏妻のメール

追い打ちをかけたのが29日夜、流れた1通の電子メールだった。書いたのはゴーブ氏の妻でデイリー・メール紙のコラムニスト、サラ・バイン氏で、「議員はボリスを支援する保証がなく、(メディア王)マードックも嫌っている」と首相としてジョンソン氏の性格を疑問視する内容だった。

バイン氏はこのメールの宛先を誤って保守党関係者に送った結果、民放スカイニュースが入手したとしている。しかし偶然流れたにしては英主要メディアに満遍なく渡り、主要各紙が立候補の当日30日付1面で報じており、結果として痛手を受けたジョンソン氏の周辺は「流出を前提に書いて意図的にリークした」と推測する。

◇テレビ報道で出馬知る

そして30日朝、ゴーブ氏は決定打を放つ。午前9時すぎ、メディア各社に電子メールのプレスリリースで出馬を表明。ジョンソン氏陣営はテレビ報道でゴーブ氏立候補という「裏切り」を知った。ゴーブ氏周辺は事前にジョンソン氏に電話で伝えようとしたが、つながらなかったという。ジョンソン氏側は「着信はなかった」と反論。真相は藪の中だ。

ただしジョンソン氏を支えると公言してきたゴーブ氏が「能力不足」を理由に同志ジョンソン氏を切り捨て突然、立候したことは確実で、「ゴーブがボリスを刺してリーダーに挑戦」(サン紙)「保守党・裏切りの一日」(デーリー・メール紙)との解釈が広がる。

ただしジョンソン氏も、盟友だったキャメロン首相が国民投票の実施を発表後、離脱支持に転じており、大衆紙デーリー・ミラーは「英国を裏切った恥ずべき男に判決」と論評している。案の定、ジョンソン氏は4日、与党保守党の党首選で、同じ離脱派のエネルギー閣外相のレッドソム氏を支持するとの声明を発表した。

ジョンソン氏は盟友ながら直前に反旗を翻して自らが出馬して「裏切った」ゴーブ氏については一切言及せず、深い怒りと失望をにじませた。保守党の重鎮によると、党員たちは、離脱派の旗頭、ジョンソン氏の側近を務めながら突如、反旗を翻して自らが出馬したゴーブ氏への反感が広がっているという。

また離脱派として過激な発言を繰り返した英独立党のファラージ党首は4日、党首辞任を表明。英独立党はEU離脱を党是に掲げてきた右派政党。同氏は離脱を勝ち取ったことで目標は達成したと辞任の理由を説明するが、「さんざん離脱を煽っておいて簡単に政治の表舞台から去るのは無責任」との批判が広がる。保守党党首選に立候補しなかったジョンソン氏とともに、離脱派のリーダー格がそろって表舞台を降りた格好だ。離脱派の「迷走」は不安定な政治情勢をさらに複雑にしそうだ。​


この記事を書いた人
岡部伸産經新聞編集委員

1959年生まれ。立教大学社会学部を卒業後、産経新聞社に入社。社会部で警視庁、国税庁などを担当。
 米デューク大学、コロンビア大学国際関係大学院東アジア研究所に留学。外信部を経てモスクワ支局長。
社会部次長、大阪本社編集局編集委員などを経て編集局編集委員。著書『消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い』で第22回山本七平賞授賞。

岡部伸

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