金正恩核路線 エリート層に動揺拡大
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
2億ドルをかけ36年間を核とミサイルの成果だけで総括した「金正恩(核)による金正恩(核)のための朝鮮労働党7回大会」を終えた金正恩委員長は、相変わらず核弾道ミサイルに執着しムスダン発射を続け失敗を繰り返している。
その裏側で制栽による外貨事情の悪化から北朝鮮エリート層の脱北が増加している。4月初旬には浙江省寧波市の北朝鮮レストラン「柳京」の男性支配人1人と女性従業員12人が、5月末には中国陝西省の北朝鮮レストランから脱北した女性従業員3人が韓国入りした(聯合ニュース2016/06/01)。
北朝鮮からエリート層が脱出する動きが目立つ中、朝鮮人民軍の大量の「機密ファイル」まで流出していたことが分かった。NHKスペシャル「北朝鮮機密フアイル 知られざる国家の内幕」(6月5日放映)ではその驚くべき一端が報道された。このファイル(USBに収録)には、2014年1月までの金正恩の軍に対する指示、クーデターを恐れる金正恩の様子、軍の腐敗と困窮、軍人監視の実態、軍の配置状況、核開発の目的などが12,000ページにわたって記録されていた。
この「機密ファイル」で分かったことは、金正恩体制が安定していないということだ。核とミサイルに執着するのも金委員長自身の求心力を高め体制維持を強化することに第1義的目的があることが強調されていた。
「ムスダン」発射(4、5月で4回失敗)を繰り返すのも自身の偉大さを示そうとする動機が根底にあるものと考えられる。金委員長は、一発でも成功させれば核弾道ミサイルの脅威を現実化でき、自己の勝利の方程式、すなわち、米国との交渉→停戦協定の平和協定への転換→米軍の韓国からの撤退→核脅迫での韓国の吸収が成就でき、祖父、父を超える偉大な「首領」になれると妄想しているようだ。
こうした金委員長の短絡的で頑固な行動様式は子供の時からそのままだ。この点について、1998年に米国に亡命した金正恩の母方の叔母・高ヨンスク氏が、「母親(高ヨンヒ)から勉強しないで遊んでばかりいて叱られると口答えこそしなかったが、ハンガーストライキなど別の手段で抵抗するなどした」(米紙ワシントン・ポスト5月27日版)と明かしている。またその性格についても「問題児ではなかったが気が短く忍耐心に欠けていた」と語っているが、この性格は現在の北朝鮮政策にもそのまま反映している。
彼の性格からくる「核強硬政策」は、エリート層の離反を促しているだけでなく、離反の背景にある国際社会の外貨締め上げ制裁の強化ももたらしている。
米財務省は6月1日(現地時間)、北朝鮮を主要な資金洗浄(マネーロンダリング)懸念先に指定した。2月に成立した北朝鮮への独自制裁法に基づいた後続措置だ。
米財務省はこの日の声明を通じ、初めて北朝鮮を資金洗浄懸念先に指定したと発表し、国際社会にも北朝鮮との金融取引を禁じるよう求めた。資金洗浄懸念先に指定されれば、米国との金融取引が禁じられるほか、中国など第3国の金融機関も北朝鮮との取引が制限される。今回の措置は、米国が2005年にマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)の北朝鮮関連口座を凍結した制裁措置より強力な効果があるとみられている。
金正恩委員長が「核と経済の並進路線」を放棄しない限り外貨の枯渇は続く。それがまた恐怖政治強化へとハネ返り、さらなる北朝鮮エリート層の動揺拡大を招くことになる。
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統