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.国際  投稿日:2024/3/23

先代への否定で揺らぐ金正恩世襲の「正当性」


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・「最高人民会議」演説の学習提綱に『2つの朝鮮』『第一の敵は韓国』『平和統一放棄』に対する説明なし。

・金正恩は戦争状態を誇示することでのみ国の統治を進めている。

・先代の政策を否定することでその世襲の「正当性」を自ら崩しつつある。

 

北朝鮮の内部消息筋によると、最高人民会議第14期10回会議での金正恩演説に対して、一部北朝鮮のエリートたちは戸惑いを見せているばかりか、金日成主席の遺訓に反しているのでは?との疑念を抱いているという。北朝鮮当局がいまだもってこの演説と金日成の平和統一路線との整合性について何らの説明を行っていないからだ。

・RFA(自由アジア放送)が伝える北朝鮮内部の動揺

RFAの内部消息筋は「これは単に私の個人的な考えではなく、私の周辺の様々な知識人たちの考えだ」とし「この演説は国と民族を永遠に二つに分けるということを公開的に表明したものであるために、多くの人々は衝撃を受けている」と伝えている。

両江道宣伝扇動部門のある消息筋は、「最高人民会議第14期10回会議演説の学習提綱(金正恩の方針を伝える学習文献)が1月20日に下達された」としつつ、「しかしこの学習提綱には演説で提示された人民経済の各部門別課題、国家復興と人民生活向上のための展望的課題、地方発展のための20✕10政策とその遂行方法、そして当面の国防分野の課題と現時点での党と国家の対外政策が説明されているだけだ。

『2つの朝鮮』『第一の敵は韓国』『平和統一放棄』などに対する説明は何もなかった」と語った。そして、「学習提綱に接した労働者たちも納得がいかない様子を見せた」と付け加えた。

また消息筋は「施政演説で明らかにした金正恩委員長の対南政策をめぐって大学生や一般の知識人、金日成、金正日時代を経験した50代と60代の住民たちは衝撃を禁じ得ないでいる」とし「中央でもこのような状況を知らないはずはないのだが、まだはっきりとした説明を出せずにいる」と説明した。

続けて消息筋は「中央でも新しい対南(対韓国)政策をめぐってどのように宣伝するかで悩んでいるだろう」とし「今後何らかの機会や口実を作りこの対南政策の正当性を積極的に宣伝しようとするだろうが、どのような機会を捉え、いかなる口実で説明するかは推測できない」とした。

こうした情報が韓国に伝わるや、韓国に脱北した北朝鮮の高位脱北者たちは、「金正恩の精神状態に異常があるのではないか」と訝っている。

・労働新聞を始めとしたメディアに異常兆候

労働新聞を見ても、1月17日からは「平和統一否定」「同一民族否定」「一つの国否定」の金正恩委員長の言及は一言も掲載されていない。代わりに労働新聞は「党の地方発展20✕10政策を強力に推進することについて」や、金委員長の「軍需工場現地視察」「軍事訓練指導」のような記事で紙面を飾っている。

過去には、金正恩委員長が新年辞または最高人民会議などで演説をすれば、労働新聞がその方針遂行のための後続の記事を次々と掲載するのはもちろん、平壌で大々的群衆大会を開くのが常だったが、今回はそのような気配は見られない。また朝鮮中央-TVにも後続の関連報道はない。

そうした中で2月8日の人民軍創建日(「建軍節」)演説が注目されていたが、金正恩の発言に若干の変化が見られた。この日の演説で、金委員長は「韓国傀儡族属たちを私たちの最も危険な第一の敵対国家、不変の主敵に規定したのは千万当然な措置」と語ったが、先の党中央委員会総会と最高人民会議演説で言及した「反統一、反民族」には言及しなかった。

今回の金正恩による「反統一、反民族演説事件」で、はからずも不安定な北朝鮮の意思決定プロセスの一端が明らかとなった。金正恩委員長がますます独断的に意思決定をしているということだ。 金委員長が演説に先立って党・政・軍の多くの幹部たちと事前議論をしたとすれば、このような問題は生じなかったはずだ。

・統一否定を国民に説明もせず「戦争ゲーム」に熱中する金正恩

3月4日から3月14日までの韓米合同軍事演習に神経をとがらせていた金正恩であるが、強化された演習を恐れてなのか、合同軍事演習期間中に弾道ミサイルを発射することはなかった。

金正恩は、6、7日と続けて朝鮮人民軍の部隊を視察し、旧式の長距離砲で訓練を誇示し、「戦争準備の完成にあたって、実戦訓練を絶えず強化しなければならない」と激を飛ばし、3月13日には自ら新型戦車を運転するなどのパフォーマンスを見せて、子どものようにはしゃいだが、ミサイル発射をしなかった。

ところが14日に米韓の合同軍事演習が終わった途端、15日には各航空陸戦兵部隊の訓練を視察、3月18日午前には大型ロケット砲を発射するなど挑発を行い、続けて19日には、新たに開発を進めているとされる極超音速ミサイル用の固体燃料式エンジンの燃焼試験を視察するなど、米韓に対するデモンストレーションを強めた。

戦争状態を誇示することでのみ国の統治を進めている金正恩であるが、先代の政策を否定することでその世襲の「正当性」を自ら崩しつつある。

トップ写真:北朝鮮の金正恩総書記が映るテレビを見るソウル市民。北朝鮮、「第3段階飛行中の緊急爆破システムにエラーがあった」ことを理由に、偵察衛星の2度目の打ち上げ計画が失敗に終わったと発表(2023年8月24日 韓国・ソウル ソウル駅)出典:Chung Sung-Jun/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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