中国の沖縄での秘密工作とは その2 日米同盟分断を狙う
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
アメリカ議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」が沖縄と中国のからみに関しての調査結果をこのほど明らかにしたのは「アジア太平洋での米軍の前方展開を抑える中国の試み」と題する報告書の中だった。合計16ページのこの報告書が警告する沖縄での中国の動きをアメリカの戦略全体の中で位置づけるために、まずこの報告書の主眼についての記述を紹介しよう。
「中国は東アジア、西太平洋地域でもし軍事衝突が起きた場合の中国人民解放軍の米軍に対する脆弱性を減らすために、その種の衝突へのアメリカ側の軍事対応を抑える、あるいは遅らせるための『接近阻止』または『領域否定』の能力を構築することを継続している。中国側は同時に軍事衝突が起きる前の非軍事的選択肢を含むその他の措置も推進している。それらの措置とはアメリカ側の戦略的な地位、行動の自由、作戦の余地を侵食することを意図する試みである」
要するに中国はアジアでの米軍の軍事能力を削ぐことに最大の努力を傾けているというのだ。その米軍能力の削減のための工作とは必ずしも軍事手段には限らない。一連の非軍事的な措置もあるというのである。同報告書がその非軍事的措置としてあげるのが以下の三種類の動きだった。
・関与
・威圧
・同盟分断
以上、三種の中国側の戦術はみなアジアでの米軍の弱体化、同時に中国軍の強化を狙いとしている。その戦術の標的はアメリカと同時に日本などその同盟諸国により鋭く照準が絞られている。本稿の主題である沖縄に対する中国の工作はその中の「同盟分断」の戦術に含まれていた。
では中国はなぜアジアでの米軍の能力の弱化にこれほど必死になるのか。その点については同報告書は以下の骨子の理由をあげていた。
「中国人民解放軍幹部が軍科学院の刊行物などに発表した論文類は中国がアジア、西太平洋で『歴史上の正当な傑出した立場』に戻るためには、アメリカがアジアの同盟諸国とともに、有事に中国の軍事能力を抑えこもうとする態勢を崩す必要がある、と主張している」
以上の記述での中国にとっての「歴史上の正当な傑出した立場」というのは明らかに「屈辱の世紀」前の清朝以前の中華帝国王朝時代のグローバルな威勢、ということだろう。その過去の栄光の復活というわけだ。
この概念は習近平国家主席が唱える「中国の夢」とか「中華民族の偉大な復興」というような政治標語とも一致している。「平和的台頭」という表面は穏やかなスローガンの背後にはいまの中華人民共和国を過去の王朝時代のような世界帝國ふうに復活させようというギラギラした野望が存在している、とアメリカ側の専門家集団による同報告書はみているのである。
この「野望」は最近、南シナ海での中国の海洋覇権追求に関して国際仲裁裁判所が「根拠なし」と裁定した「九段線」にもあらわとなっていた。「南シナ海は古代から九段線の区画により歴史的に中国の領海だった」という時代錯誤の中国政府の主張は、「歴史上の正当な傑出した立場」の反映なのだ。ただし現代の世界ではその正当性はないのである。
(その3に続く。全5回。毎日午前11時配信予定。本連載は月刊雑誌「正論」2016年9月号からの転載です。その1も合わせてお読み下さい。)
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。