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.国際  投稿日:2017/1/27

日本メディアのトランプ報道の歪み


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

日本のメディアのトランプ新大統領報道の異様な部分については、すでに報じた。(1月25日『異様な日本メディアのトランプ叩き』)その種の異様な部分のある側面をさらに伝えたい。

アメリカでの出来事を日本に向けて報道する場合、当然ながら英語の世界で起きていることを日本語に翻訳して伝えることになる。英文和訳がつきまとうわけだ。上記の報告で取り上げたトランプ大統領の当選後の初の記者会見の日本語報道ではその翻訳に関して、奇妙な操作があった。

主題となるのはふたたび1月11日のトランプ氏の記者会見である。この会見ではトランプ氏とCNNテレビの記者との間で激しい言葉のやりとりがあった。日本の新聞からその部分を紹介しよう。いずれも1月12日の夕刊での報道だった。

「(トランプ大統領は)メディアを選別しようとする姿勢が鮮明で、CNNが繰り返し質問を求めたのに対し、「おまえの組織はひどい。おまえの(報道)は偽ニュースだ」とかたくなに拒否する一幕もあった。」

以上の引用は日本経済新聞の記事からである。【ニューヨーク=大塚節雄】という特派員の報道だった。ここでは次期大統領がCNN記者を「おまえ」と呼ぶ。単なる相手への二人称だった。だが「おまえ」となると、いかにも相手を侮蔑した響きとなる。トランプ氏の同じ記者会見を報じた他の日本メディアの記事をみよう。

『途中、CNNの記者と激しく衝突する場面もあった。最前列のCNN記者が何度も「批判するなら、質問する機会を下さい」と声を張り上げたが、トランプ氏は「の会社は最悪だ」「に質問はさせない」などと言って巡り、結局、最後まで質問に応じなかった。』

上記の引用は読売新聞1月12日夕刊の記事からである。【ワシントン=尾関航也】という発になっていた。トランプ氏はここでは相手を「君」と呼んだことにされていた。この場合の原語ももちろん「You」である。「君」という言葉には、相手をやや見下した感じがにじむ。トランプ氏がいかにも相手を軽くみているかを強調するような日本語の訳語の選び方だといえよう。

同じトランプ氏の同じ記者会見での発言を報じた記事には以下もあった。

『また、疑惑を最初に報じた米CNNの記者に対し、「あなた方は偽ニュースだ」とし、質問を受け付けなかった。』

上記は朝日新聞1月12日付夕刊の記事からである。【ワシントン=五十嵐大介、杉山正】の発信となっていた。トランプ氏はここでは相手の記者をきちんと「あなた」と呼んだとされていた。原語はもちろん他の報道と同じYouである。

以上をみてくると、日本の主要新聞各紙は同じ英語のYou という言葉を「おまえ」「君」「あなた」と三種類の異なった日本語に訳しているのだ。「おまえ」と「あなた」ではトランプ氏の吐いた言葉としては印象はまるで異なってくる。日本経済新聞の記者はあえて「おまえ」という訳語を選び、トランプ氏をいかにも乱暴者というふうに描いたといえる。やはり不公正な言葉の選び方、あるいは翻訳の表現の意図的な操作だといえよう。トランプ氏をことさらに粗雑で乱暴な言葉の使い手にみせるという点で、これも一種の「トランプ叩き」報道でもある。

日本のトランプ報道の傾きや偏りは、こうした「You」というような単純きわまる英語の翻訳一つでも表われうるのだ。ましてもっと複雑な英語の単語の訳となると、政治的な印象操作の余地はもっともっと広くなるわけである。今後もこの種の監視が必要ということになろう。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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