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.国際  投稿日:2020/2/18

新型ウィルス感染は新段階に


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の安保カレンダー 2020#8」

2020年2月17-23日

 

まとめ】

  • 日本の新型ウイルス感染は新段階に入った。
  • 中国専門家チーム、新型肺炎のピークは2月中頃か下旬と予測。
  • 習近平主席の国賓訪日の扱いは自然体で良い。

今週もニュースは朝から晩まで新型コロナウイルス関連ばかり。17日月曜日の「ひるおび」では、感染症専門家でもないのに1時間40分も生出演する羽目になった、というか、栄誉を頂いた。先週ハワイから帰国したが、新型ウイルスに関する国民の関心が如何に高いかを改めて思い知った。お蔭さまで、耳学問だが多くのことを学んだ。

 

要するに、日本では新型ウイルス感染が新段階に入ったということ。水際作戦は(当然ながら)失敗、今は国内感染が日常化し如何に重篤者の死亡数を減らすかに重点が移っているようだ。ということは、日本でも、中国ほどではないにせよ、社会経済に与える影響が顕在化していくはず。我々も、もっと冷静にならないと・・・・。

 

 新型ウイルスが中国内政にどの程度悪影響を与えているかについては議論が分かれる。先週中国専門家チームのトップ鐘南山氏が、感染は「2月中頃か下旬に恐らくピークに達する可能性がある」と述べたことに筆者は注目した。ロイターに中国の専門家が公式に述べた以上、「今月中」に「ピークに達する」ことに決まった、と考える。

 

 そう決まったら、中国政府はそのナラティブ(物語、語り、説明)に従って対外説明を行うはずだ。それが事実かどうかは、この際問題ではない。勿論、鐘南山氏は科学者だから言い回しは慎重だが、筆者は同氏の次の発言が特に気になっている。従来流行のピークは「2月より早い」と予測していた鐘氏の今回の発言は概ね次の通りだ。

 

(ロイターによれば、今回の予測はモデリングやここ数日の動向、政府の措置に基づく、と前置きした上で)「今月の半ばか下旬に恐らくピークを迎える可能性がある。その後はやや横ばいのような状態になり、それから収まるだろう」、「4月ごろに終息すると望んでいる。」でも、これって、ピーク状態が3月中は続くということではないのかい?

 

 要するに、中国も流行が3月中に収まりそうもないことは分かっているが、現状をダラダラと続けることもできないので、ここは腹を決めたのではないか。欧米の専門家が言うように今後初夏まで混乱が続いたら、中国の経済と政治は「もたない」からだ。今後も中国政府の公表内容は、こうした観点から批判的に読む必要があるだろう。

 

 続いて、習近平国家主席の対応ぶりだが、これについてはフィナンシャルタイムスが興味深い記事を掲載した。「中国共産党の理論誌『求是』によると、習氏は1月7日に中国の最高意思決定機関である共産党政治局常務委員会の会議でウイルス対策を指示したという。国民が感染拡大の深刻さを伝えられる13日前のことだ」そうだ。

 

 これが事実なら、従来報じられた時期よりも2週間近く前に、習主席は新型コロナウイルスの感染拡大防止を「指示」していたということになるが、どう考えてもそれはおかしいだろう。本当に「指示」していたなら何故それを公表しないのか。これも、上述の鐘南山氏のコメントと同様、新たなナラティブに基づく情報公開(操作)ということだ。

 

 「感染が広がった責任は地方政府にある」との従来のナラティブは事実の公開(漏洩)でもう通用しなくなった。されば、「いやいや、共産党中央は1月初旬に既に指示を出していたが、地方政府がそれに従わなかったのだ」という説明に切り替えつつあるということ。でも、これって、日本語では「泥縄」というやつじゃないのかい?

 

 同主席の国賓訪日の扱いは自然体で良いだろう。少なくとも招待した日本から断る必要はない。今回訪日が実現するなら、是が非でも成功させたい中国は従来以上に「下手に出る」はず。中国の国際的信用を守るため、仮にリップサービスでも、これまで言いたくなかったことも含め、対外的に言わざるを得なくなる可能性が高いからだ。

 

 仮に、新型肺炎対策を理由に中国から断ってくるならば、それはそれで、当面放っておけば良い。断ったのは中国であって、日本ではないのだから。日本は従来同様、常に優位な立場から、今後とも中国に政策変更を働き掛けていけばよいだけだ。

 

 米国について一言。筆者はこれまで「もしトランプ政権が二期続いたら、北アメリカはカナダから始まる」という冗談を使ってきたが、その冗談が今や現実となりつつある。先週末千人を超える米司法省元関係者が公開書簡で、大統領の悪名高き盟友の偽証をめぐる裁判で同省求刑内容に干渉したと批判、司法長官に辞任を求めたからだ。

 

 それにしても米国内政はどうなっていくのか心配だ。焦点は相変わらず米大統領選だが、今週は22日にネバダ州で党員集会、来週29日にはサウスカロライナ州で党員集会・予備選がある。「団栗の背比べ」状態だが、民主党を決定的に分断しかねないブルームバーグ元NY市長が支持率を上げつつある。トランプ氏の高笑いは続く。

 

〇アジア

 中国といえば、新疆ウイグル自治区の「職業訓練施設」で「教育」される対象は、反政府的言動だけでなく、単に「長い髭を伸ばす」、「頻繁な国際電話」、「パスポート所持」、「子沢山」である者も含まれる、などとCNNが報じている。確か「一人っ子」政策は放棄されたのではなかったのか。中国の問題は新型ウイルスだけではないのだ。

 

〇欧州・ロシア

1月16日以来湖北省から旅行中の80歳中国人男性が新型コロナウイルスに感染、パリで治療を受けていたが死亡したそうだ。パリといえば、マクロン大統領推薦のパリ市長候補が「猥褻」動画を暴露され、急遽市長候補を差し替えたという。おうおう、フランスはこの手のスキャンダルには寛容ではなかったのかね。政治は非情なゲームだ。

 

〇中東

 アフガニスタンでは、米国がターリバーンと「暴力行為を7日間削減する」ことで合意したというのだが、肝心のアフガニスタン大統領選の結果は昨年9月末に行われたのに未だ確定していない。トランプ政権が大統領選挙対策で、前のめりで「米軍撤退」を言えば言うほど、ターリバーンは足元を見る。歴史は繰り返されるだけなのか。

 もう一つ気になるのはシリア内戦の状況だ。トルコからの報道では、「10日にイドリブ県のタフタナーズ軍事基地でトルコ軍車列が攻撃を受けた事件は、シリア軍地上部隊の砲撃ではなく、ロシア軍戦闘機の爆撃によるものだった」そうだ。おいおい、トルコの外交政策は支離滅裂なのか、それとも、シリアそのものが支離滅裂なのか。

 

〇南北アメリカ

米国といえば、検疫が長期化していた横浜港の巨大客船からようやく数百人の米国人等が下船・帰国を始めた。米国メディアは、再び米国で二週間隔離されることになった米国人乗客の不満を報じているが、現時点で日本政府を厳しく批判する声は聞かれない。不幸中の幸いなのか。

写真)トランプ大統領 (2月16日 2020年)

出典)Twitter: The White House

 

〇インド亜大陸

 特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

トップ写真)新型肺炎対策で武漢の鉄道駅で体温を観察する警備員

出典)China News Service


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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