イラン核施設でサイバーテロ?
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2021#15」
2021年4月12-18日
【まとめ】
・イラン原子力庁長官、11日核施設での異常事態を「テロ」と断定。
・同国は2009~2010年にも核施設サイバー攻撃で多大な被害を受けた。
・今回の攻撃はウィーンでのイラン核合意関連交渉を潰すことが目的か。
この原稿を執筆中に大ニュースが二つも飛び込んできた。一つは、米ジョージア州オーガスタ・ナショナルで行われたゴルフのマスターズで松山英樹選手が通算10アンダーでメジャー初制覇を果たしたこと。
もう一つは、イラン原子力庁長官が、ナタンズの核施設で11日に起きた「異常事態」を「テロ」と断定したことである。
まずはイランの核施設から。イスラエル政府は沈黙しているが、同国の公共放送は複数の情報機関筋を引用し、モサドがサイバー攻撃を仕掛けたと報じたそうだ。一方、イラン国営メディアによれば、原子力庁広報担当者はナタンズ施設で「電気配線に問題が発生」と説明したという。電気配線に問題?それってサイバーテロだろう?
サイバー戦に詳しい向きなら、2009-10年に何者かがスタックスネット(Stuxnet)と呼ばれるコンピューター・ウイルスをイランの核施設内に侵入させ、ウラン遠心分離機を数百台破壊した事件を覚えているだろう。仕掛けたのはアメリカかイスラエルだと言われるが、実態は今も不明だ。いずれにせよ、攻撃を公式に認める国はないだろう。
このサイバー攻撃は、元々ドイツのシーメンス社が自社の汎用機械制御装置をサイバー攻撃から守るため、米国の研究所と共にウイルス防御の研究を始めたことがきっかけだといわれる。イランがウラン濃縮用遠心分離機等を制御するためシーメンス社製工作機械を使用していることが分かり、件の攻撃が計画されたようだ。
「こうした技術が防御に使えるならば、攻撃にも使えるのではないか」と誰かが考えたのだろう。シーメンス製工作機械のコンピューターシステムの弱点を見つけ、それを逆手に取るウィルスとしてStuxnetを最適と考えたらしい。誰かは知らないが、同ウイルスをナタンズに送り込み、何千機もある遠心分離器の10%を破壊したそうだ。
手口は実に巧妙で、遠心分離機用モーターの回転速度を狂わせたのだという。ある時はゆっくり、ある時は速く回転させ、それを何度も繰り返すとモーターが壊れてしまうらしい。あまりに巧妙で、当時イランはサイバー攻撃に全く気付かなかったそうだ。何ともお粗末な話だが、「二度あることは三度ある」のが中東である。
されば、イランの核施設が再びサイバーまたは爆弾などによる巧妙な攻撃を受けた可能性は高いだろう。十年前のサイバー攻撃の成功でイランの核開発は数年遅れたそうだが、恐らく、今回もかなりの被害が出ている可能性はある。筆者には目的が現在ウイーンで行われているイラン核合意関連交渉を「潰す」ためだとしか思えない。
▲写真 マスターズ優勝者のグリーンジャケットを着用する松山英樹選手 出典:Jared C. Tilton/Getty Images
続いて、松山選手のマスターズ初優勝だ。彼の長年の努力が実ったことは勿論誇らしいのだが、勝利決定後に帽子を取りコースに一礼した彼のキャディの行動も称賛されている。あるツイートにはこう書かれていた。Following Hideki Matsuyama’s Masters win, his caddie, Shota Hayafuji, bowed to the course after returning the pin on the 18th hole.アメリカでも見ている人は見ているのである。
もう一つ嬉しいことは、松山選手の勝利で最近米国各地で頻発する対アジア系ヘイト犯罪に対する批判が一層高まる可能性があることだ。例えばこんなツイートを見つけた。In a year where there has been so much unnecessary Asian hate it’s awesome to see Hideki win The Masters.こうした声が新たな流れを生むと信じたい。
〇アジア
韓国メディアは韓国政府消息筋を引用し、北朝鮮が三千トン級潜水艦の建造作業を終えたと報じている。韓国側は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)3発を搭載可能と見ているそうだが、16日の日米首脳会談直前にも進水式や発射実験を行う可能性があり要注意だ。もっとも、北朝鮮の潜水艦が「静か」だとは到底思えないのだが。
もう一つ、米上院外交委員会が「2021年戦略的競争法案」を超党派でまとめ公表している。中身は全編「対中警戒論」の塊で、「対中競争は米国外交の最優先事項」と規定し、台湾についても「通常の外交団と同様に接遇せよ」「台湾を国連等に加盟させよ」などと言いたい放題。ふと、1924年の「排日移民法」制定を思い出した。
〇欧州・ロシア
ウクライナ東部で親ロシア派武装勢力との緊張が高まりつつある。国境を接するロシア側のボロネジ州ではロシア軍の増強が続いており、鉄道駅周辺にはロシア軍の物資集積所が構築されているようだ。ロシアが中国と共にバイデン政権の意図をテストしようとしている。この種の「戦争」はロシアが最も得意とするので要注意だ。
〇中東
ヨルダンの「クーデター騒ぎ」後初めてアブドラ国王とハムザ王子が共に姿を現したという。一応「手打ち」したことを示すのだろうが、これで一件落着という訳にはいかない。先代のフセイン国王も実弟のハッサン皇太子との関係が微妙だったが、今回はそのハッサン元皇太子が両者の仲裁役を務めたそうだ。やはりコップの中の嵐なのか。
〇南北アメリカ
撤退期限の5月1日を前に米軍のアフガニスタン撤退問題が宙に浮いている。ターリバーンが先月下旬、極秘米軍基地を2度も攻撃していたことが判明。ワシントンではターリバーンが米軍を標的にした作戦を加速させる恐れが懸念されている。引くも地獄、進むも地獄、これこそ英国やソ連が経験したアフガニスタンの本質である。
〇インド亜大陸
焼却されるはずの廃棄された使用済みマスクを使って、何とマットレスを製造していた業者がインドで摘発されたという。うーん、やっぱりインドは恐るべし、だ。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:イラン核濃縮施設(2007年9月 イラン、ナタンズ) 出典:Majid Saeedi/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。