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.政治  投稿日:2025/3/13

トランプ政権50日:世界を揺らす地上げ屋外交


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#10 

2025年3月10-16日

【まとめ】

・トランプ政権は「地上げ屋・示談屋」型の交渉手法で、ウクライナに「30日間即時停戦」案を受け入れさせた。

・トランプ氏は「日米安保条約は不公平」と発言、日本は自国の安全保障を見直す必要性に直面。

・ガザ停戦が膠着状態にある一方、イランでは改革派が失脚、強硬派の影響力が強まっている。

 

 

今週も執筆が大幅に遅れてしまった。人のせいにするのは潔くないが、今日こそ書こう、書こうと思う傍からトランプ政権が必ず「何か」を仕出かしてくれる。初めは面白かったが、もういい加減疲れてしまった。あの人の一挙手一投足で一喜一憂するのはバカバカしく、時間の無駄だと思うようになったのだから、慣れとは恐ろしいものだ。

 

そのトランプ政権の悪影響は今や経済にも及びつつある。外交とは交渉の連続だから、一定の効果が出るには、ある程度時間がかかることが多い。これに対し、経済の方は「time is money」だから、経営者や投資家たちは直ちに反応する。経済の方が外交よりも、結果が出るまでの「時間差」はずっと短いのかもしれない。

 

それでも今週は、2週間前のホワイトハウスでの「驚くべき」やりとりの結果が早速出ている。サウジアラビアで米国務長官と大統領補佐官と協議したウクライナ高官が、米側提案の「30日間即時停戦」案を受け入れたからだ。ウクライナにとっては「大幅譲歩」だが、背に腹は代えられない、というところか・・・。

 

それにしてもこのトランプ政権の手法は効果的だった。筆者はこれを「地上げ屋・示談屋」型交渉と呼ぶ。さすがトランプは不動産屋だ。立ち退きに応じない商店のシャッターにその筋が小型トラックで突っ込み因縁をつけ始める。その後、弁護士らしき人物がやってきて、「この辺で立ち退きに応じたらどうか」などと笑顔で示談を勧める。

 

決して「見事」とは言えないが、実に効果的ではないか。これを米国政府がやるのだから、ウクライナのような国は一溜りもないだろう。この種の「恫喝」はトランプ外交の常道。振り返ってみれば、テレビ放映されたホワイトハウスでの「ハプニング」もトランプ政権側が意図的に仕掛けたのでは、と勘繰りたくなるほどだ。

 

だが、短期的にはこれも「アリ」なのかもしれないが、中長期的には「ナシ」だろう。こんな「反社」的な手法がまかり通るのであれば、世の中の価値観は急速に変化し始めるだろう。「一国の安全」は外国からの「確約」からではなく、自らの「力」によってのみ確保される、となれば各国首脳は如何に行動し始めるか・・・。

 

こんなこと、トランプ政権は考えたこともないだろうが、答えは一つ。これからは世界的規模で「軍備拡大」競争が始まるということ。米国が同盟国に対して「安全保障の確約」を渋るようになれば、同盟国は軍拡に走らざるを得ない。当然米国の敵対国もこれに対応して、更なる軍拡を進めるに違いないからだ。

 

しかも、最近トランプ氏は「日本が米国を守らない『日米安保条約』はおかしい」といい始めた。戦後日本の「空想的平和主義」の時代なら、日本側も適度に反発して済んだだろう。しかし、これまでのトランプ氏の数限りない暴言・放言・思い違いにも拘わらず、実はこの発言自体、決して「間違い」ではない、のかもしれない・・・。

 

もしそうだとすれば、日本は何をすべきなのか?第二期トランプ政権発足わずか50日だが、日本は今一度、この珍しく「本質を突いている」トランプ発言の意味を熟考すべき時が来ているのかもしれない。これらの点については来週、更に論を進めたいと思っている。

 

続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

 

3月11日 火曜日 米・ウクライナ高官協議(ジェッダ)

グリーンランド、前倒し議会選挙

仏政府、パリ国防戦略フォーラム会合を主催(3日間)

NATO事務総長、コソヴォ大統領と会談

インド首相、モーリシャス訪問(2日間)

 

3月12日 水曜日 ベリーズ、総選挙

ドイツ首相、欧州理事会議長と会談

G7外相会合開催(3日間、ケベック)

 

3月13日 木曜日 南アフリカ大統領、欧州委員会委員長と会談

 

最後にガザ・中東情勢について一言。ガザ停戦は未だ第二段階に入っていないが、今はラマダン月なので惰性で「停戦」が続いているようだ。いつもの膠着状態で関係者は「交渉しているフリ」をしているが、このまま「第一段階」の事実上の延長がダラダラ続くのではないか。要するに問題解決に向けた動きはない、ということだ。

 

それより気になるのはイラン国内の動きで、米国との交渉を進めようとする改革派の高官が先日失脚させられる一方、イラン最高指導者は米国との「交渉」を拒否し続けている。筆者の言う「強硬派のパラダイス」が再び出現しつつある。この点については、今週の産経新聞WorldWatchをご一読願いたい。要するに、ハマースもイスラエルも当面「様子見」を決め込む、ということ。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

トップ写真:トランプ大統領、ホワイトハウスでテスラ車とともに演説。(2025年3月11日)

出典:Photo by Andrew Harnik/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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